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青森・函館 [日本]

2023年4月26日~28日
コロナ禍の影響で旅行を自粛し、3年2か月振りの旅行です。

今回の旅のメインは弘前公園の桜です。2月初旬から予約を取り始めました。今年は春の訪れが遅いとの予報により、例年の満開時期より遅めの日程にしました。
ところが、例年より気温の高い日が続き、観測史上最速の満開日とのニュースが相次いでいました。
案の定、弘前公園の桜は完全な葉桜となっていました。

旅行初日、伊丹から青森へフライト。
生憎の雨です。

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棟方志功記念館です。
二菩薩釈迦十大弟子です。表情が豊かで見ていて楽しく飽きません。

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三内丸山遺跡です。
無料ガイドさんの案内で、分かりやすく楽しく見学出来ました。
三内丸山遺跡は、約5500年前~4000年前の日本最大級の縄文時代集落跡です。
広くて、発掘物が多いのも特徴です。
この塔は、何の目的で建てられたのか分かっていません。
往時の様子を想像するのは、楽しいです。

二日目は、青森から函館へ移動。
新幹線で移動する人が多いと思いますが、昔ながらの青函フェリーを利用しました。
4時間の船旅です。風が強くて、結構揺れました。

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函館にある坂本龍馬記念館です。
龍馬と函館、何の関係があるんと思っていました。
龍馬は蝦夷開拓の意思を持っていましたが果たせず、龍馬の甥が北海道開拓に貢献しました。
その関係で出来た記念館です。

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カトリック元町教会です。
横浜の山手、長崎の大浦と共に最も古い歴史を持つ教会です。

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聖ヨハネ教会です。
上から見ると十字架の形をしたユニークな教会です。

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ハリストス正教会です。日本最古のギリシア正教会です。
白と青が綺麗な教会です。
函館の街に良く合っています。

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八幡坂です。
函館は坂の多い街です。CMにも使われた坂です。函館の海が綺麗に見えます。

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函館山からの夕日です。

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日本三大夜景の一つです。
函館を訪れるのは、13年振り2回目です。前回は天気が悪く夜景を見ることが出来ませんでした。13年越しの思いを果たすことが出来ました。

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三日目、函館空港へ向かう途中で、トラピスチヌ修道院へ。
日本最初の観想女子修道院として1898(明治31)年に創立されました。
桜が満開で綺麗です。
弘前公園の桜は見られませんでしたが、ここで桜が見られて良かったです。


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足立美術館・米子・松江 [日本]

2020年2月18日(火)雪後晴
以前から見たいと思っていた足立美術館の庭園の雪景色を見に行くことに。
1ヵ月以上前から、宿や列車等の予約をしました。
ところが今年は記録的な暖冬、半ば雪景色は諦めていたのですが、1週間前くらいの天気予報で雪マークが。雪乞いをしながら出発の日を待ちました。

出発当日、現地は雪の予報です。ヤッホー!
新幹線で岡山へ、岡山からは特急やくもに乗り換えです。
ところが雪の影響でやくもが2本運休になり、2時間後の便に変更。
道中も遅れて、安来駅への到着は2時間半遅れでした。降りすぎやっちゅうねん!

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15時前に、なんとか足立美術館にたどり着きました。4年半振りの訪問です。
到着が遅れて、だいぶ融けていましたが、美術館前の歓迎の庭にも雪が残っていました。

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枯山水庭も樹々の雪は融けていましたが、雪が残っていました。
記録的な暖冬でこの雪景色が見られるとは奇跡のようです。感激です。

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緑と白のコントラストが美しいです。

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池庭の額絵も・・・。

ゆっくりと景色を楽しみたかったのですが、到着が遅れたので思う存分とはいきませんでしたが、無事たどり着けて雪景色が見られて良かったです。新型コロナウイルスの影響で外国人観光客が激減していて、足立美術館もガラガラでした。ゆっくりと観られたのはよかったのですが、早く収束して欲しいもんです。

米子に戻り1泊。
夜は山陰のカニと地酒に舌鼓を打ちました。
暖冬の影響か楽しみにしていた寒ブリは、ありませんでした。

2020年2月19日(水)晴後曇
ホテルをチェックアウトして、まずは米子の観光です。
米子は古くから城下町として栄え、明治から大正、昭和期には「山陰の商都」と呼ばれ、大いに繁栄してきました。観光としては、江戸時代から残り続ける町屋などの城下町町並みを散策するか、米子城跡に登るかが目玉だと思います。
とゆうわけで、米子城跡を目指します。

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天気はいいのですが、前日の雪が残っていて足元悪いなかでの登山です。
米子城は、標高約90mの湊山に築かれました。パンフレットでは15分で登れると書いてありました。後から分かりましたが、登城口は3ヵ所ありますが一番ハードな道を選んでいました。

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米子城は五重の大天守閣と四重の小天守閣を誇る山陰屈指の名城でしたが、今はその石垣をとどめるだけです。立派な石垣です。

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本丸跡からは360度のパノラマです。
雪も少し残っていて、よか眺めです。

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中海から日本海まで眺められ、絶景です。
最高に気持ちがいいです。少し雲がありました。雲がなければ、大山や遠く隠岐の島も見えるそうです。

松江に移動して昼食をすませて、松江城の観光です。

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堀尾吉晴の像が迎えてくれます。
私は歴史には、とんと疎いのですが、松江の将来性に着目して城地を松江に移しました。城普請の名人ですが自分は藩主になることなく、孫の忠晴を助け松江城と城下町を建設し、現在の松江市の礎を築きました。なかなかの傑物ですね。

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城山公園の南入口から入ると、すぐに見えてきます。
大手門跡付近です。立派な石垣と太鼓櫓です。

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いよいよ、ご対面~。国宝・松江城です。全国に現存する12天守の一つで、山陰では唯一の天守閣です。四重五階、地下一階の複合式望楼型の天守です。
黒を基調とした凛々しい城です。カッコよろしぃなぁ。

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松江城は慶長16年(1611)に堀尾吉晴が5年の歳月をかけて完成しましたが、創建年が、はっきりとしなかったのですが、祈祷札が見つかり創建年を裏付け、国宝認定のきっかけとなりました。今は、レプリカが展示されています。

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内部の木組みも美しいです。

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最上階の5階からの眺めです。
ちょっと雲が多かったですが、そこから光が差し込んで水面が輝いて綺麗です。

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国宝指定書です。
細かく指定内容が書かれているのですね。初めて目にしました。

雪に振り回されましたが、雪を愛でて雪と戯れることが出来た有意義な旅になりました。
旅は、やめられまへんなぁ~。次は、どこ行こ。

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仙台・松島・山寺 [日本]

2018年11月5日(月) 曇

以前から行きたい行きたいと思っていた仙台・松島。
ピーチのセールを見て、思わず予約してしまいました。
とゆうわけで、2泊3日の旅です。

3日とも天気がイマイチです。
松島で雨は嫌なので、降水確率が低い初日に松島を巡ることにしました。
関空から仙台空港まで、仙台空港から松島行きのバスがあるので、それを利用することに。

が、しかし関空での出発が30分遅れました。
乗換時間が35分なので、アセアセ。仙台空港に着いて、ダッシュでバス乗り場まで。
空港を出て、すぐの所がバス乗り場でギリギリセーフで間に合いました。ラッキーです。
料金は¥1000です。

1時間ほどで松島に到着。
まずは、観光船のチケットを買いました。
出航まで時間があったので、周辺をブラブラと観光です。

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福浦橋です。
全長252m。通行料¥200を払えば、福浦島に渡れます。時間がなかったので眺めるだけにしました。

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五大堂です。
大同2年(807)に坂上田村麻呂が建立したのが始まりといわれ、慶長9年(1604)に政宗が再建しました。ヒノキなどを使った木造建築で、東北最古の桃山建築ともいわれています。
透かし橋が綺麗です。

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仁王丸とゆう船です。定員400名の大型船です。
10分前に集合と言われていたので、10分前に行ったら長蛇の列です。はよ並んどいたら良かったです。

平日といえど混んでいましたが、なんとか窓側の席に座れました。
約50分の船旅です。料金は割引チケットを使って¥1350です。

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二つ仲良く並んだ様子から双子島と呼ばれています。
右側が鯨島、左側が亀島です。

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千貫島です。
伊達政宗が気に入り、「この島を館に運んだ者には銭千貫与える」とゆうたんが名前の由来です。

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鐘島です。
島に4つの穴があり、穴に打ち寄せる波の音が鐘を打つ音のように聞こえるそうです。
また、この穴が昔の小判のように見えるところから金の島とも呼ばれています。

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仁王島です。
ベレー帽をかぶった仁王像のようです。

松島湾はスケールが大きく、海外の湾のように感じました。
瀬戸内海や日本海の小さな湾を見慣れた者としては、ちょっと違和感がありました。
船が大きくて島に近寄れないのとスピードが早いので、小さな船でのんびりと眺めたら、もっと風情があるのになと思いました。観光客が多いので、さばくのには大きな船が必要なのでしょう。

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瑞巌寺の中門です。
天長5年(828)に慈覚大師が開創。慶長14年(1609)に伊達政宗が約5年の歳月をかけて禅寺として再建しました。

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庫裡内は撮影禁止です。
庫裡から中庭を眺めたところです。
まだ紅葉には少し早かったですが、色づいているところもありました。

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円通院です。
伊達政宗の嫡孫(ちゃくそん)光宗の霊廟として、正保4年(1647)瑞巌寺第100世洞水和尚により三慧殿(さんけいでん)が建立され開山されました。

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紅葉の名所としても有名です。夜はライトアップされます。
庭園との対比が綺麗です。

松島から仙台までJRで移動。
今回の宿は、ナインアワーズ仙台です。
1泊¥1873と嬉しい価格のカプセルホテルです。
設備は綺麗で申し分ないのですが、館内は飲食禁止なので寝酒が出来ないのが玉に瑕です。

ホテルの近くは繁華街で飲むところには事欠きせん。
「せり鍋」が仙台名物とは知らなくて、是非食したいと思っていたのですが、店は予約で満員でした。
国分町とゆうところは全部3000件の飲み屋がありますので、適当な店でお酒を頂きました。

2018年11月6日(火)曇後雨

仙台で、どこか紅葉狩りをしようと思っていたのですが、交通の便が悪いので探していたところ山寺(山形県)が近いので行くことにしました。仙台と山形って近いって意外でした。

仙台からJR各停で1時間ちょっとで山寺駅に到着。
山寺は通称で、正しくは「宝珠山 立石寺(ほうじゅさん りっしゃくじ)」と言います。
そんなに標高があるわけではないのですが、ひんやりして肌寒いです。
でも大丈夫、1070段の石段を登っていきますので、すぐ暖かくなるでしょう。

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登山口から少し登ったところに、根本中堂があります。
ブナ材が全体の6割程度用いられて建造されており、ブナ材の建築物では日本最古と言われ、天台宗仏教道場の形式がよく保存されています。

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山門の手前で売っていた、山形名物「玉こんにゃく」です。懐かしいなぁ〜。
ここでは、力こんにゃくとゆう名前で売っています。一串100円です。
よく味がしゅんでて美味しいです。

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松尾芭蕉の像がありました。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」・・・元禄2年(1689)7月13日に山寺を訪れた松尾芭蕉の句です。
ここで有名な句が生まれたとゆうことも知りませんでした。

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入山料300円を払い、山門をくぐって本格的に石段を登っていきます。
ジジィパワー プラス 力こんにゃくパワーで登っていきます。

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仁王門のところの紅葉です。
時期的には今が見頃だと思います。ここの紅葉は鮮やかでしたが、全体的には今年は色づきが悪いです。

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修行の岩場です。
岩場から転落死した者も多かったので、今は修行者以外の登山は禁じられています。

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1070段の石段を登って、奥之院にたどり着きました。
雨が心配だったのですが、なんとかもってくれました。

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雲が多いですが、下界の眺めが素晴らしいです。
芭蕉もこの景色を眺めて名句が閃いたのかもしれません。

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開山堂と納経堂です。
この景色を眺めて来て良かったなぁと思います。
下山を始めたら雨が降ってきて、ええタイミングで登れたと思います。

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山寺芭蕉記念館です。
山寺は人が多かったですが、ここを訪れる人はめっちゃ少ないです。
雨も本降りになってきたので、雨宿りを兼ねてのんびりと見学しました。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句が、どんな風に推敲していったか分かって面白かったです。
もともとは、「山寺や石にしみつく蝉の声」だったそうです。

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奥之院の標高は417mですが、下からの眺めはもっとあるように感じます。
石段を登ることによって、煩悩が消滅すると信仰されている修行の霊山です。
沢山のお坊さんも登ってはりました。

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煩悩を捨てきれない私は、仙台に戻ってきて、フラフラと飲み屋へ。
今日は仙台駅の近くで一杯。マグロぶつ刺、290円、安くて旨い。仙台の夜が更けていきます。

2018年11月7日(水)曇

今日は一番降水確率が高かったのですが、降っていませんでした。ラッキーです。
ここの宿はチェックアウトしても荷物を預かってもらえます。

今日は仙台市内の観光です。
るーぷる仙台とゆう循環バスを利用します。1日乗車券で620円です。
宿の近くのバス停から乗ったのですが、満員でビックリ。仙台は人気観光都市なのですね。

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仙台観光といえば、ここは外せません。瑞鳳殿です。
寛永14年(1637)に造営された初代藩主・伊達政宗の霊屋です。
瑞鳳殿の正面門は、涅槃門と呼ばれています。涅槃とは煩悩を取り去った悟りの境地となる状態を意味し、広くは死とゆう意味になります。

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涅槃門は樹齢数百年の青森檜葉を用いて再建され、正面扉上部の蟇股には瑞獣「麒麟」が彫刻されています。鮮やかなもんです。

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1636年、70歳で生涯を閉じた仙台藩祖伊達政宗公の遺命により、翌年の1637年に造営された霊屋です。
太平洋戦争時の1945年、アメリカ軍による仙台空襲で焼失してしまいました。その後1979(昭和54)年に焼失以前の瑞鳳殿を忠実に再現して再建され、平成13年(2001)には仙台開府四百年を記念して大改修工事が実施され、現在の姿となりました。

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一部紅葉していましたが、係りの人いわく一週間早いなぁとのことです。

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第2代藩主・忠宗を祀る「感仙殿」です。
忠宗は錬成された人格と法治主義により、仙台藩の実質的な基礎を確立しました。

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第3代藩主・綱宗を祀る「善応殿」です。
綱宗は書画、和歌、能などの芸能分野に才能を発揮し、秀作を数多く残しました。

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仙台城跡の本丸跡に立つ伊達政宗公騎馬像です。
カッコよろしいな。

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本丸跡からは仙台の街並みが綺麗に見えます。

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本丸跡の廻りを散策。山城のため比較的石垣は少ないのですが、本丸北側の石垣は約17mの高さがあり、なかなかええ眺めです。

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国際センター駅前には、羽生結弦選手のサイン入りモニュメントが建っています。
仙台は、日本フィギュアスケート発祥の地でもあります。

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三居沢電気百年館です。
東北で初めて電気のあかりがともりました。明治21年(1888)。今から130年前のことです。それを記念して1988年に建てられたのもです。

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水力発電所の中がガラス越しで見られます。
無人で発電機が働いています。

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百年館の前には、水力発電発祥之地の碑があります。

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百年館の横には、三居沢発電所があります。
国指定有形文化財でもあります。なかなか趣のある建物です。

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大崎八幡宮です。
伊達政宗の命により慶長12年(1607)に造営され、社殿は安土桃山時代の遺構として国宝に指定されています。が、七五三のお祝いのステージが設えられていて、全容が見えませんでした。残念。

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仙台の食で、これは外せません。牛たん屋で昼食です。
定食は牛たん焼きに、麦ご飯とテールスープがついてきます。牛たん焼き4枚で1500円です。厚切りにしたタンが美味しいです。お昼をまわっていたのですが、結構人が入っていました。

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お腹もいっぱいになったので、散歩です。
定禅寺通り。ケヤキ並木が700m続く散策路です。12月になれば数十万個のイルミーネーションがともり、光のページェントが開催されます。電気の下準備がなされていました。

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晩翠草堂です。
土井晩翠が晩年を過ごした建物です。「荒城の月」の作詞者とは知りませんでした。

朝から夕方まで、いろいろな仙台を見ることが出来ました。
ようやく訪れることが出来た仙台。思っていた以上に奥深い街でした。


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ゴッホ展と運慶展 [日本]

2017年11月18日(土)曇時々雨

運慶展が観たくて東京に行こうと思っていたのですが、貧乏人なので旅費が嵩むのが痛いです。
夜行バスが安いかなと考えながら探していると、LCCで東京から大阪の安い便がありました。
行きは貯まったマイルで片道無料で行けるので、東京行き決定。

行きは伊丹発8:00の便です。
出発45分前に空港着。座席指定もしていたので、すぐに保安検査場に向かいましたが、長蛇の列。
今まで見た中で一番長かったです。
それでもスムースに進んで15分くらいで検査完了です。

定刻よりも10分遅れの出発で、羽田着は15分遅れで9:25に到着。

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先ずは、時間調整でフジテレビへ。

昔はテレビ好きでしたが、今は落語や漫才などは見ますが、ドラマやバラエティは全く見なくなって、どの番組案内を見ても胸に刺さるものがありませんでした。
テレビっ子じゃないんやと実感しました。

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唯一興味を引いたのはサザエさんだけでした。

フジテレビから上野公園へ移動。

東京都美術館の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」へ。
この日は1月並みの気温で、しかも雨との天気予報。
ゴッホ展は混雑して入場待ちかもと思って厚着してきましたが、入場制限は無く、すぐに入れました。
朝早くは混んでるやろと思って、お昼前に来たのがよかったのかもしれません。
しかも混雑していると覚悟していたのですが、会場内もかなり空いています。
ガラガラとは言いませんが、ガラくらいです。
離れて絵画を眺めて、近づいて眺めてと、最近はとんと出来なかった鑑賞が出来、絵画ってこうやって鑑賞するのが本来の姿やなと感じました。

ゴッホの作品以外にも影響を受けた浮世絵の作品もあり、対比して見比べてみると面白かったです。

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お次は、この旅のメイン。「運慶展」です。
会場は東京国立博物館です。今年は、正月以来2回目の訪問です。
こちらも行列覚悟で来ましたが、入場制限は無かったです。
しかし会場内は激混みです。

作品の周りは人だかりです。
でも、絵画と違って、ぐるり360°から鑑賞できるので、ましです。
そう、お寺さんだと前から観るだけですが、ぐるりと鑑賞できるのが、また魅力の展覧会です。
運慶は、鎌倉新様式を築いた鎌倉時代の仏師です。
それまでの仏像の主流であった定朝様式から、豪放な力強さと写実に特色があり、その力強さと写実的な作風が東国の武士たちに好まれました。

運慶のデビュー作から、素晴らしい作品が並んでいます。
周りからは、かっけー、すごーいとゆう賞賛と驚きの声声。

私が一番感動したのは、「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」です。
無著・世親は4〜5世紀ごろ、インドに実在した高僧の兄弟。
興福寺では、平氏の南都焼き打ち後の1212(建歴2)年ごろに造られ、北円堂の本尊・弥勒如来像の左右に立つ。
無著像(高さ1.95m)、世親像(高さ1.92m)とも生きているような迫真性から、鎌倉時代の代表作として、日本史の教科書にもしばしば登場します。

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無著は袱紗を手にしていますが、中には何が入っているのでしょうか。
透徹した目が威厳を表しています。
背中から見ても無著と分かり、無著さんと声をかけたくなる雰囲気です。

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世親は、眉間に皺を寄せて、何かに耐えるような表情です。

運慶展を堪能して、宿に向かおうとしてところで、東博のロッカーに明日の飛行機のボーディングパスを忘れた事に気づきました。
急いで戻りましたが、ロッカーはすでに次の人が使っていて、ふさがっています。
インフォメーションで落し物の届けがないか聞いてみましたが、届いていません。
ロッカーの中を確認できませんかと聞いてみましたが、無理とのこと。
ロッカーを使っている人が帰ってくるか、会場が閉まってから来て下さいと言われましたが、金土は21時までの開場ですし、ロッカーを使っている人も今入場されたばかりで、何時間も帰ってこないと思われます。

明日の朝は早起きしなくてはいけないので、あきらめて宿へ。
自分のどんくささに情けなくなります。

気を取り直して、鶯谷駅の近くにある居酒屋へ。

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白レバーの炙りたたきです。
新鮮なレバーで美味しいです。

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名物の牛テール煮込みです。
寒い日は、あったかいものがご馳走です。

2017年11月19日(日)晴

早起きして、宿をチェックアウト。
予定より早目に成田空港へ向かいます。

今回利用のLCCは、バニラエアです。
第3ターミナルを利用していて、駅から730mと遠いです。
歩いて10分くらいは掛かります。

係りの人にボーデイングパスの再発行方法を聞くと、カウンターで予約番号をゆうか、支払ったクレジットカードがあればとの事ですが、支払いはクレジットではないし、予約番号は覚えていません。

諦めかけた時に、予約案内がメールで来ていたのを思い出して、急遽スマホでメールを探します。
普段はパソコンでメールしていますので、スマホでするのは初めて。
メルアドとパスワードを思い出しながら入力するのですが、スマホ入力は苦手やし、出発時間が迫ってくるし、アセアセです。
なんとか予約番号が分かり、カウンターへの行列に並びますが、長蛇の列。

バニラエアでは、カウンター手続きは出発の30分前までとなっていますが、残り10分しかありません。
機材繰りの関係で遅れを出すわけにいかないからだと思います。
が、並んでいるのは千歳行きと関空行きの客ばかりで、これはバニラエアの処理能力とお客さんの対応の悪さで、時間が掛かっているようです。

LCCは安さが魅力です。
しかし、安いから飛行機の利用に慣れていない人も多く利用していて、カウンターで荷物が重量オーバーになっていて、スーツケースをひっくり返している人もいて、利用前に利用方法をよく勉強して欲しいとお願いしておきます。

そんなこんなで、なんとかボーデイングパスの再発行が出来、急いで保安検査場は。
すでに搭乗は始まっています。
飛行機までは、連絡バスでの移動です。
なんとか機上の人となりました。
出発は結局、遅れていました。

バニラエアは関空では第1ターミナルに着きました。
関空での利用は便利です。


教訓。予約番号はどっかにメモしておきましょう。

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名古屋・清洲城と知多半田 [日本]

2017年10月7日(土) 雨のち曇

3連休を利用して名古屋へ行くことに。
去年と同じく、ぷらっとこだまで行こうと思ったのですが、予約が取れず。
どうしようかと思案していたら、新幹線自由席用早特往復きっぷとゆうのを見つけました。

新幹線自由席用早特往復きっぷは、東海道新幹線を「のぞみ号」「ひかり号」「こだま号」の自由席で往復できる割引きっぷです。1ヶ月前から販売していて、販売初日に買いにいったら購入できました。有効期間は3日間で、3日以内に往復しなければなりません。料金は9150円です。

とゆうわけで無事、名古屋へ出発。

新大阪始発の便で、さらに「こだま号」にしました。
自由席の車両数は、のぞみが3両、ひかりが5両、こだまは10両と自由席のほうが多いです。
出発5分くらい前に乗りましたが、車内はガラガラでした。

名古屋駅のコインロッカーに荷物を預けようと思ったのですが、駅構内のロッカーは空きがなかったです。
3連休なので人出が多いようです。

まずは、清洲城を目指します。
JR、名鉄、どちらでも行けますが、駅からは少し歩きます。

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清洲古城跡にある、「織田信長公をお祀りした小社」です。
ひっそりと建っています。

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清洲城です。
「千と千尋の神隠し」に出てくる「油屋」のモデルになったとの話もありますが、似ているとは思いませんでした。

会社の人に清洲城を見に行くとゆうたら、なんでそんなとこに行くねんと突っ込まれましたが、城内は映像メニューなど豊富で歴史が分かって楽しいです。「清洲会議」の解説もあり興味深かったです。入場料は300円です。

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天守閣からの眺めです。
名古屋駅から近いです。

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新幹線に乗っていると清洲城がよく見えます。
とゆうことは、清洲城からは新幹線がよく見えます。

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清洲公園にある、「信長公出陣の像」です。
信長公が弱冠27歳の時に、清州城より桶狭間へ向かって出陣せんと、意気すでに今川の大軍を呑んでいるところを表現した像です。首にかけた数珠は、味方の士気を大いに高めたと言われています。
信長公の視線は桶狭間を向いています。
美濃斉藤道三の娘の濃姫が出陣を見送っています。

名鉄に乗って、有松に移動です。
有松は江戸時代の面影を残す町です。

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服部家住宅です。
荷造りのための作業場や倉庫群がある有松の絞り問屋を代表する建物で、屋号を「井桁屋」としていました。江戸末期から明治元年までに建てられたものと伝えられ、1964(昭和39)年に愛知県指定文化財となっています。

主屋は木造2階建の塗籠(ぬりごめ)造、たちの低い2階は虫籠(むしこ)窓になっていて卯建(うだつ)があがっています。

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有松山車会館の見学です。入場料は200円です。
唐子車山車です。
有松には東町の布袋車(ほていしゃ)、中町の唐子車(からこしゃ)、西町の神功皇后車(じんぐうこうごうしゃ)の3台の山車があり、ここでは1年交代で1台ずつ展示されています。

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竹田家住宅です。
主屋は1階が連子(れんじ)格子、2階は虫籠(むしこ)窓のある黒漆喰の塗籠(ぬりごめ)造、腰は海鼠(なまこ)壁で土蔵も黒漆喰塗りです。

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のれんは、有松絞りで出来ています。
有松絞りの歴史は、尾張藩が有松絞りを藩の特産品として保護し、竹田庄九郎を御用商人に取り立てたことからはじまりました。

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岡家住宅です。
1階は連子(れんじ)格子と海鼠(なまこ)壁、2階の窓は虫籠(むしこ)窓の塗籠(ぬりごめ)造りとなっています。

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小塚家住宅です。
主屋1棟・蔵2棟・茶室1棟の構成で、連子格子・なまこ壁・虫籠窓・塗ごめ造り・卯達が見事なまでに整った建物です。

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祇園寺の境内です。
33観音石仏がありました。

有松は、こじんまりとした町ですが、古い町並みが好きな人にはお薦めです。
また、重要伝統的建造物群保存地区に指定されていますが、愛知県では有松と足助の2箇所だけです。

名古屋に戻ってきて、宿へ。
去年と同じく、第2松竹梅ホステルにしました。
男性専用のホステルで、トイレ・シャワー共同のシングルルームです。
1泊、2674円です。去年より211円高いです。時期によって値段が変わるのでしょう。

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名古屋駅の近くにある居酒屋へ。
朴葉味噌焼です。
お酒がすすみます。

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大アサリ焼です。
カウンターだけの小さな店ですが、地元の人がたくさん来ていて、料理はどれも美味しく良心的な値段のええ店でした。

2017年10月8日(日) 晴

今回、名古屋に来たメインの目的は、「長沢芦雪」を観るためです。
会場は、愛知県美術館です。

10時からの開場で、10分前に着きました。
100人も並んでいなくて、メッチャ人気とゆうほどでもないです。
その分、ゆっくり観られていいです。

長沢芦雪は、円山応挙の弟子で、師とは対照的に、大胆な構図、斬新なクローズアップを用い、奇抜で機知に富んだ画風を展開した「奇想の絵師」の一人です。

芦雪は、応挙に何度も破門されたそうですが、真面目な応挙にとって、ちょけたところのある芦雪の言動が気に入らなかったのかもしれません。
同じく、ちょけたところのある私は芦雪の作品を観て、好きになりました。

長沢芦雪展、素晴らしかったですが、昨夜飲み過ぎて、ボォーッとしながらの鑑賞で、美術鑑賞の前は飲み過ぎ注意です。

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会場を出たところで記念撮影です。

昨日の有松に続いて、古い町並み散策です。
名古屋市内にある、「文化のみち」に行きます。

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旧豊田佐助邸です。
豊田佐助は、発明王・豊田佐吉の弟で佐吉を支えた実業家です。当時、長塀町に佐吉邸、白壁町に豊田喜一郎邸と豊田利三郎邸もありましたが、現存するのはこの佐助邸のみでる。佐助邸は、大正12年(4年の説も)に建てられた白いタイル張りの木造の洋館と広い間取りの和館で構成されています。

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欄干が波打ったデザインで、オシャレです。
ガウディを連想しました。

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お隣にある、旧春田鉄次郎邸です。
アールヌーボーの余韻漂う洋風数寄普請。陶磁器貿易商として成功し、太洋商工株式会社を設立した春田鉄次郎が武田五一に依頼し、造った住宅と言われています。 春田邸は昭和22年(1947)から昭和26年(1951)まで米軍第五航空隊司令部により一時接収されました。
1階は、レストランになっていて、この日は結婚式のパーティが開かれていました。

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文化のみち橦木館です。
大正末期から昭和初期にかけて建てられた、陶磁器商として活躍した井元為三郎の旧邸宅です。

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手吹きによる歪みのある窓ガラスや、さりげなく使われているステンドグラスが綺麗です。
戦災でこの建物の前までは焼け野原になったそうです。

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文化のみち二葉館です。
日本初の女優と謳われた川上貞奴と、 電力王と称された福沢桃介が、大正から昭和初期にかけて暮らしていた邸宅を移築・復元しました。

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螺旋階段が素晴らしいです。
映画のセットのようです。今にも、そこから女優がおりてきそうな雰囲気です。

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大広間南側にある「踊り子」。天女が躍るようなデザインはライトを浴びて舞台に立つ貞奴をイメージしてつくられたものでしょうか。

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こちらは、大広間西側にある「初夏」と題されたもの。水辺に咲くシャクナゲやユリなどの花を色彩豊かに描いた美しいステンドグラスです。

「文化のみち」は、名古屋城から徳川園に至るエリアです。
今日は、白壁町・主悦町・撞木町を散策しました。大正ロマンの風情が残る町並みが素敵でした。
訪れる観光客は少ないですが、外国人の方が訪れていたのには、感心し嬉しかったです。

2017年10月9日(月)曇

宿をチェックアウトして、名鉄で知多半田へ。

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知多半田駅の近くにある、旧中埜家住宅です。
中埜家は近世以来の旧家で、住宅は第10代中埜半六が別荘として建てたものです。
木造煉瓦造の2階建、屋根は天然スレートで葺いています。寄棟造の大屋根と複数の切屋根、ハーフティンバーの壁面により、変化に富んだ外観となっています。中は見学できません。

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國盛酒の文化館です。
1985年、中埜酒造(株)が新工場を完成、稼働したのを機に創設したお酒の博物館です。
見学は無料ですが、予約が必要です。

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蒸米・放冷(むしまい・ほうれい)です。
甑(こしき)に米を運び入れ、大釜で蒸します。蒸し加減は、蒸米の一部を手に取り「ひねり餅」にしながら確かめ、蒸米を分司(ぶんじ)でひろげ、用途に合わせて冷やします。

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酛づくり(もと)です。
麹・蒸米・良質の水を一定の割合で半切(はんぎり)に分けます。
杜氏たちは酒づくり唄に合わせて櫂(かい)でゆっくりとていねいにかきまぜます。

酒造りの様子がジオラマで展示されています。
ゆっくりと見たいのですが、説明のお姉さんが早く進んでいくので、ゆっくりと見る時間はないです。

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燗付器です。
中にお湯を入れて、その周りをお酒がめぐって温める仕掛けになっています。
面白いですが、温度調節が、ほぼ一定になるので、お燗番がつけるほうがいいと思います。

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アミダです。
酒造道具や材料の上げ降ろしに使っていました。
阿弥陀さんの光背に似ているので、この名前がつきました。

見学のあとは、お楽しみ試飲タイムです。
3種類のお酒を試飲しました。ここでしか手に入らない物もあり、食指が動きましたが、生酒で保存がきかないので購入しませんでした。

國盛酒の文化館の見学が終わって、次はミツカンミュージアムの見学です。
2時間ほど、時間があるのでブラブラと散策です。

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ちょっと遠かったですが、半田赤レンガ建物まで歩きました。
半田赤レンガ建物は、明治31年(1898年)にカブトビールの製造工場として誕生。明治時代に建てられたレンガ建造物としては日本で五本の指に入る規模を誇りました。ビール工場の遺構は現存数が極めて少ないため、その意味でも貴重な建造物です。

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元の場所に戻ってきて、小栗家住宅です。
明治初年頃の建築と推定される主屋は、寄棟造り棧瓦葺の屋根を持つ二階建の建物です。
二階の床を支える太い梁材には、縦縞状についた筋目が目立ち、正面には2間幅の堂々たる式台が望まれ、同家の格式を高めています。

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今回、名古屋に旅に来た2つ目の目的、ミツカンミュージアムです。
仕事関係で、この建物を目にして観たいと思ったのと、展示が面白そうと思いました。
のれんが下がっているのが美しいと思ったのですが、ハロウィンバージョンで、のれんはなかったです。

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ミュージアムの見学は予約制で、時間があったので近くの半田運河をブラブラと散策。
気持ちのいい風景です。

予約時間まで、まだ時間があったのですが、中の展示を見ようと思ったら、30分前の見学に空きが出来たので早目に見学させてもらえました。ラッキーです。入場料は300円です。

ミツカンミュージアムは人気で、私が1ヶ月前くらいに予約したときは、12時30分の見学しか空きがありませんでした。早目の予約をお薦めします。

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まずは、「大地の蔵」です。ここは江戸時代の酢造りと現在の醸造の様子を見られる場所です。

半田市のある知多半島は、江戸時代から日本有数の酒造り地域で、酒以外にも、味噌や醤油、酢などの醸造品も作られてきました。ミツカングループの創業家である中埜(なかの)家も、もともとは酒造りをしていて、酒造りの過程で余る酒粕の有効利用として酢造りを始めたということです。

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このフロアでは最後に「フロアの真ん中に置かれた大きな桶を覗いてみてください」とガイドさんが呼びかけて、「3、2、1」とカウントすると・・・、見学者の「おぉ!」という驚きとともに桶の中に現れたのは、現代の酢造りのフロアです。なかなか憎い演出です。

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「風の回廊」と呼ばれるエリアです。
半田市の懐かしい情景が収められた写真を見ることができます。
フロアの中央に飾られたのれんが美しいです。半田の山車31台分の法被をモチーフにして作られています。

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暗いなかを、「時の蔵」に入っていくと、光がさして巨大な船が現れます。
江戸時代に半田から江戸まで酢などを運んだ「弁才船(べざいせん)」を実寸大で再現したものです。長さ約20m、重さ約20t。これでも当時は小型だったとのこと。

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時の蔵」の壁には、ミツカングループの歴史が絵巻物のように描かれています。
19世紀初頭の江戸で現代の握りずしの原型である「早ずし」が誕生した頃、「早ずし」に合う酢として江戸で販路を拡大していったそうです。米酢よりも安く、甘みと旨味のある粕酢は、江戸の有名すし店も使うほど人気だったそうです。

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お馴染みのミツカンマークですが、創業家の中埜家の家紋からミツカンを考案しました。
中埜家の家紋は、三本線を〇で囲んだものです。この三本の線を「ミツ」とよみ、〇を「カン(環)」とよんで合わせて「ミツカン(三ツ環)」となったそうです。
なお、現在のミツカンマークの上の三本の線は、お酢の命と言われる「味」「きき」「香り」を表わし、下の「まる」はそれらを「まるくおさめる」という意味も込められています。

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弁才船に、みんなで乗り込んで江戸時代にタイムスリップです。

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今は、2017年10月9日12時46分。

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江戸時代の風景が次々と現れます。
風が吹いて映像と相まって、迫力があります。

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見学を終えて、「光の庭」エリアへ。
目の前に広がる膨大な数の握りずし。
その名も「すし大陸」。20種類以上の握りずしが1,000貫以上並ぶ光景は楽しいです。

他にも、すし屋になって、紙粘土をしゃりに見立てて、すしを握ったり、記念撮影が出来ます。
子供さんは、一番楽しいエリアかと思います。

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ここでも、ハロウィンの飾りつけで季節感を表していました。
ミツカンミュージアム、いろいろと楽しい仕掛けが一杯で勉強にもなり、お薦めです。

半田での観光も終え、帰路に着きました。
ミツカンミュージアムの見学が早目に終わったので、帰る時間も早目になりました。
新幹線は自由席ですので、こうゆう時間変更には対応できるのはメリットだなと感じました。
名古屋から座れるかなと思いましたが、のぞみでも自由席は空いていて、新大阪まで楽につきました。

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東京・川越 [日本]

2017年1月7日(土)晴

全日空のマイルの期限が迫ってきて、どこかに行こうと思って12月に新潟行きを予約したのですが、急に仕事が入ってキャンセル。寒さも増してきたので、東京行きにしました。

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伊丹〜羽田間のフライトです。
富士山が綺麗に見えていました。
隣に座っていた女の子は、2歳で初フライトです。
離陸の時は泣いていましたが、あとは大人しくて堂々とした初フライトです。

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先ずは、上野の東京国立博物館へ。
デトロイト美術館展も考えたのですが、派遣先の社長が毎年、東博の「博物館に初もうで」に行っていて、素晴らしいとゆうてたので東博にしました。

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階段を上がると生花が。
お正月らしくていいです。

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長谷川等伯の「松林図屏風」、国宝です。
「美術史上日本の水墨画を自立させた」と称される作品です。
静謐な空気感がいいです。
写真撮影はあかんと思っていたので、カメラを持参していませんでしたので、ipodで撮影しました。

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秦意冲の作品です。
若冲みたいでええなぁと思って見ていたら、若冲の弟子のようです。

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恵比寿、大黒天、福祿寿の三福神が吉原の花魁たちと遊んでいる場面です。
絵巻になっていて見ていて楽しい作品です。

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池大雅の作品です。
竹が生き生きと描かれていて、ええなぁと感じました。

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渡辺省亭の作品です。
赤坂迎賓館の花鳥の間に飾られている七宝焼の花鳥画の下絵です。
赤坂迎賓館に行く前で、下絵が見られて嬉しかったです。

もっとゆっくりと見たかったのですが、赤坂迎賓館の予約の時間が迫ってきました。

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赤坂迎賓館の前庭です。
去年の4月に訪れた所です。

去年は迎賓館内には入れなかったので予約を取りましたが、入場者が少なく、入場制限はありませんでした。予約を取る必要はなく、ちょっとがっかりです。東博で、ゆっくりしたかったです。

入場料は¥1,000です。

館内は撮影禁止です。
見学者から、凄すぎるとの声も聞こえましたが、私は華美になりすぎず、日本らしい奥ゆかしさと落ち着きを感じました。

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館内の見学を終えて、主庭です。

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前から行ってみたかった、根津美術館です。
入口を入ると竹の回廊が続いています。
場所は表参道なのですが、異空間にいるような気分になります。

尾形光琳の燕子花図が見たかったのですが、コレクション展だけで常設展はありませんでした。
「染付誕生400年」が開催されていました。
日本では今からおよそ400年前の元和2年(1616)、朝鮮半島より渡来した陶工・李参平によって、肥前(現在の佐賀県)の地でその焼成に成功したのが始まりとされています。そして肥前磁器は「伊万里焼」として、染付や白磁、青磁や色絵へと飛躍的に発展し、江戸時代を通して隆盛を極めます。
あんまり興味はなかったのですが、勉強になりました。

今回の宿は、入谷にある「1 ナイト 1980 ホステル」です。
カプセルタイプの宿です。1泊、¥1,980ではなく¥2,271でした。
ベッドメイクを自分でしなくてはいけないのが、ちょっと面倒です。

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宿の近くの居酒屋へ。
桜鍋です。割り下を使っていて、味噌も少し入っています。
馬肉は柔らかくて美味しいです。卵を付けてすき焼きみたいに食べます。
店内には、DeNAの山崎選手のアマチュア時代のサインがありました。野球好きには、ちょいと嬉しいです。

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栃尾あぶらげです。
前から食べてみたかったのですが、東京で食べられるとは以外でした。
酒のあてにいいです。

2017年1月8日(日)曇後雨

今回、東京を旅先に選んだ目的の一つが川越見学です。
以前から行きたかった町です。
東京からは1時間くらいで行けます。

今日の天気予報は下り坂なので、写真を撮りたいところを先に見ていきます。

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先ずは、洋館巡りです。
川越商工会議所です。古代ギリシャのドリス様式が取り入られています。
建てられたのは、昭和3年(1928年)。武州銀行川越支店として前田健二郎という方が設計しました。その後昭和45年(1970年)に川越商工会議所が譲り受け、現在も現役で使われています。

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旧山吉デパートです。
ルネッサンス様式を基調とした外観です。2階正面には4本の柱(イオニア式)が並び、唐草のレリーフがはめ込まれています。保岡勝也の最晩年の建築とされています。

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埼玉りそな銀行川越支店です。
鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て、塔屋・金庫室付の建物で、塔尾の先端までの高さは25.2mあります。ルネサンス様式を基調としながら、ゼブラ模様の付け柱やアーチ部分がサラセン風にデザインされています。こちらも、保岡勝也の建築です。

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洋館も素晴らしいですが、川越で一番有名なのは、蔵造りの町並みです。一番街通りです。

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時の鐘です。
城下の頃の面影を残す建造物で、江戸時代初頭から城下の町に時を告げ、庶民に親しまれてきた鐘つき堂です。 今から約400年前、当時の川越藩主だった酒井忠勝(さかいただかつ)によって創建されたといわれています。

本来、午前6時・正午・午後3時・午後6時の1日4回鐘の音が鳴るのですが、耐震工事中で聞けませんでした。明日から鐘の音は再会されるそうです。残念。明日は成人式で、振袖姿の女性が写真を撮っている姿も多かったです。

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大沢家住宅です。
一番街に並ぶ蔵造り建築の中で最も古く、呉服太物を商っていた近江屋半右衛門が1792(寛政4)年に建てた蔵造りのお店です。

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ちょっと移動して、喜多院です。
江戸城から豪華な壁画や墨絵で装飾された「客殿」と呼ばれる家光誕生の間や、3代将軍家光の乳母として知られる春日局が使用していた「書院」と呼ばれる春日局化粧の間などが移築されました。それらを見たかったのですが、正月のお参り?の方が長蛇の列で、諦めました。

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喜多院にある五百羅漢です。
日本三大羅漢の一つです。538体の羅漢が並んでいます。
メガネをかけた羅漢もています。

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内緒話をしているのかな?
いろんな表情があって、見ていて面白いです。

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川越氷川神社、高さ15mの明神型の大鳥居です。
社号額は勝海舟によるものです。
人形流しが行われていて、こちらも人人人です。

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川越城本丸御殿です。
嘉永元年(1848)、時の藩主松平斉典が造営したもので、武家風の落ち着いたつくりが印象的な江戸時代17万石を誇った川越城唯一の遺構です。

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川越城本丸御殿の前にある、三芳野神社です。
童謡「とおりゃんせ」の発祥の地とだと言われています。改装中でした。

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川越まつり会館です。
高さ8mの山車が並んでいます。
二重のあんどん(鉾)を組み、上層に出る部分と人形は、それぞれ迫り上げ式のエレベーター構造になっています。本来、これは城の門をくぐる際に伸び縮みできるようにした仕掛けです。
鉾の前に唐破風か欄間を乗せた舞台(囃子台)があり、多くの山車はせいご台の上で360度水平回転する回り舞台になっていて、これは他では見られない特色です。

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この日は、お囃子の実演が行われていました。
久下戸囃子保存会の方が大村井流の祭囃子を実演してくれました。
なかなか迫力があって楽しかったです。

まつり会館を出たら、すっかり雨となっていました。雨が降る前に写真を撮れてよかったです。
夜は、川越の居酒屋を旧友と一緒に3軒ハシゴして、午前様になりました。

2017年1月9日(月)雨後曇

昨夜の深酒で朝寝していました。
ここの宿は12時チェックアウトなので、ゆっくりできます。

両国へ移動。
ちゃんこを食べようと思ったのですが、最初に行った店は予約で満員でした。
昨日から初場所が始まっているので、その影響もあるのでしょう。

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別の店に行きました。
鳥ちゃんこを注文。スープは4種類あるのですが、お薦めの醤油味にしました。
ちょっと甘めのスープですが、ええ出汁が出ていて美味しかったです。
ちょっと迎え酒をして、いい気分です。

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ぶらぶらと歩いて、すみだ北斎美術館へ。
去年の11月22日にオープンしたばっかりの美術館です。
建物は、めっちゃモダンです。設計は、妹島和世です。
美術館の前は、葛飾北斎生誕の地です。

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北斎では一番有名な作品、冨嶽三十六景の「神奈川沖波裏」です。
ここの美術館は、企画展と常設展示に分かれています。
常設展のほうは、ほとんどの作品が写真撮影可ですが、すごい人混みで、ゆっくりとは撮れません。

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北斎と娘の阿栄(おえい)です。
こたつの布団をかぶりながら絵を描いています。阿栄が、箱火鉢に添いながらその様子をながめています。 杉戸には「画帳扇面おことわり」との張り紙。柱にはミカン箱を打ち付けて仏壇としています。はきちらかした草履と下駄。火鉢のうしろが炭と食品容器であったかごや竹皮のごみの山となっています。
北斎の筆が動いたので、ちょっとビックリしました。

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北斎は漫画も描いています。
しっかりしたデザインです。

「70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。(そして、)100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。長寿の神には、このような私の言葉が世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ。」とゆう北斎の言葉は届かず、88歳で亡くなりました。
「画狂老人」の号を用いた素晴らしい画家です。

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上野に戻ってきて、黒田記念館です。
入場無料なのが嬉しいです。

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前から見たかった作品、「智・感・情」です。
1900年のパリ万国博覧会で、日本人の洋画では最高の賞となった銀牌を受賞しています。
それぞれのポーズと表情が、胸に訴えかけてくる作品です。

黒田記念館、小さな記念館ですが、足を運んでみることをお薦めします。

あっとゆうまの3日間でした。
また、マイルを貯めてどこか旅したいです。

焼き松茸・松坂牛すき焼き食べ放題と御在所ロープウェイ [日本]

2016年11月19日(土)雨後曇

いろいろと食べ放題ツアーに行きましたが、今年は松茸食べ放題ツアーに参加だぁ〜!

生憎の雨のなか、集合場所に行ってみたら、人人人です。
バス3台での出発で、びっくりぽんです。松茸食べ放題は大人気なんですね。
雨のなか、休憩をはさんで、いきなり昼食会場です。

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焼き松茸で〜す。
もちろん、外国産でしょうが、思い切り食べました。
香りが、やっぱり無いですが、こんなに沢山の松茸を食べたのは初めてです。

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もう一つの食べ放題、松坂牛すき焼きです。
火力が弱いのが玉に疵。固形燃料は係の人が入れてくれるのですが、回ってくるのが遅いです。
自分で燃料を取りに行くようにして欲しかったです。
思ってたより、松坂牛はジューシーで美味しく、松茸も焼きよりはすき焼きに入れたほうが美味しかったです。

お腹もいっぱいになったところで、湯の山温泉駅へ。
御在所ロープウェイに乗ります。
全長2161m、高低差780m、12分間の空中散歩です。

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雨はやんでくれましたが、雲が多くて残念です。

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湯の山温泉駅に近いあたりは紅葉しています。
雲の切れ間から、少しだけ見られました。
先先週の信州で、旅の運を使い果たしたかな。

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雲の流れが綺麗です。
これもまた風情があって、ええもんです。

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山上公園駅に到着。標高1212mです。そんなに寒くなかったです。
下界は真っ白で何も見えません。
記念撮影だけ、パチリと。

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湯の山温泉駅に戻ってきて、駅付近の紅葉です。
晴れていれば、綺麗かったんでしょうが。

アクアイグニスとゆう施設に行って、片岡温泉にの〜んびりと浸かりました。
アクアイグニアスには、お菓子やパンの店もあり、甘いもの好きの方にはええとこやと思います。

今年は2回紅葉を見ようと欲張りましたが、2回目はあかんかったので、また御在所には来てみたいです。

秋の信州と御岳ロープウェイ [日本]

2016年11月5日(土)晴

今年の紅葉狩り、どこにしようかと考えて珍しいところにしようとゆうことで、信州に1泊2日で行くことに。
旅行会社のツアーを利用します。

バスで大阪を出発して、昼食を挾んで馬籠宿を目指します。
今回のツアー客は22名の参加です。
私は一人参加ですが、男性の一人参加は私だけなので席を一人占め出来て楽です。

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馬籠宿に到着。
馬籠上陣場です。標高653m、眼前の山は恵那山です。

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高札場です。
高札場とは、幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のことです。
これを眺めながら、旅の安全を願ったのかな。

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上陣場から馬籠宿を下っていきます。
かなりの坂なので、下から上がってくる人は大変です。

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水車がありました。
昔からあるものでしょうか。今は発電にも使われいます。

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馬籠宿から妻籠宿にやってきました。
こちらは平坦な場所なので楽に散策できます。
馬籠と妻籠は、25年前にツーリングで訪れて以来です。
昔の風情が残るところは、ええもんです。

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遠くの山は色づいていて、歩いていて気持ちいいです。
天気もピーカンで気分は最高です。

散策を終え、ホテルに向かいます。
標高の高いところにあるホテルで、ゴルフコースがあります。
相部屋で申し込んでいましたが、男性一人参加は私だけなので、ツインルームを一人で使えてラッキーです。

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夕食は、しゃぶしゃぶ膳です。
左側が牛肉で、右側が豚肉です。
どちらも美味しいです。ワインと一緒に頂きました。

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ホテルの前のもみじが、真っ赤に色づいています。
明日の紅葉狩りが楽しみです。

2016年11月6日(日)晴

今日もピーカンです。
天気に恵まれてラッキーです。

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朝食前にホテルの周りを散歩。
ゴルフコースの樹樹も色づいていて綺麗です。
ゴルフはしませんが、こんな中でプレイしたら気持ちいいでしょうね。

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朝食に朴葉みそがありました。
郷土料理は、旅の楽しみの一つなので嬉しいです。

さて、この旅の魅力の一つがネイチャーガイドが同行してくれることです。
色々な説明を聞きながらの紅葉狩りは一味違うと期待します。
ガイドさんは元林野庁の方で、御嶽山のガイドをしていたのですが、御嶽山の噴火でガイドがなくなり、紅葉狩りのガイドをしているそうです。

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ホテルを後にして、まずは御岳湖です。
愛知用水の水源として造られたダム湖です。
風がなくて水面が鏡のようで美しいです。

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牧尾ダムの上を歩いて、紅葉を楽しみます。
ダムの高さは104.5mです。山のような形のダムで、上の歩道は幅10mです。

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見えている橋は、六段橋です。
次は、この橋の上に行きます。

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六段橋の上からの眺めです。
先週よりも色づきがよくなって、ベストのタイミングだとガイドさんがゆうてはりました。
橋脚が残っていますが、 旧六段橋です。
幅が狭かったので建て直したそうです。

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橋から下を眺めたら、めっちゃ綺麗なコントラストです。
紅葉が綺麗に色づく条件は、寒暖差が大きいことと紫外線が強いことだとガイドさんが教えてくれました。
今まで見た中でも最高の紅葉です。

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旧大島橋の橋脚です。
常盤ダムのダム湖にかかっていました。
戦前の古い橋なので、歴史的建造物として残されたそうです。
ダム湖が美しくないので、イマイチです。

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白川渓谷です。

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こちらも橋の上からの眺めですが、あまりの美しさに身を乗り出ししまいます。
いくら眺めていても飽きません。

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倉越パノラマラインの展望台からの眺めです。
御嶽山の麓にある高原です。標高が高いので、紅葉は終わっています。
広々とした光景に心が洗われます。

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御嶽山が見えます。
山頂は左側で、ここからは見えません。

御岳ロープウェイを目指しますが、朝の時点では風が強く運転していないとの事でしたが、
ロープウェイ乗り場に着いたら運転していてラッキーでした。
今年最後の営業日です。

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頂上駅に到着。標高2150m。
目の前には御嶽山の姿が。

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乗鞍岳です。
雲が多くて、他の山々は見えません。

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中央アルプス方面は綺麗に見えています。
気持ちのいい風景です。
気温は0℃に近く寒いですが、ええ風景を見ながらお昼にしました。
ずっと眺めていたいですが、ツアーの悲しさ。そんなに滞在は出来ません。

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油木美林の中にある、こもれびの滝です。
ここまでは、ほぼ平坦な道です。

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油木美林は、御嶽山の山麓に広がるヒノキの天然林です。
苔むした岩と清流が綺麗です。屋久島の風景にも似ています。
カメラマンの腕がなる風景ですが、ゆっくりと撮影している時間がなくて残念。

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不易の滝です。
御嶽山四合目にある滝です。太古の時代からその「容姿を変えぬ」との由来で、名付けられました。
白糸の滝のような繊細で美しい滝です。

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御嶽山は美しいだけでなく、御嶽信仰でも有名な山です。
丸と三本線は、山丸三マークと呼ばれていて、丸は宇宙を表し、 三本線の真ん中の線は宇宙の根本仏である胎蔵界・大日如来、 上の線は不動明王、下の線は摩利支天を意味しています。

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この当たり一帯には、霊神碑が沢山あります。
霊神碑の建立は、 御嶽山を死後の魂の安住の場とする信仰であり、 死後の霊魂の憩いの場を御嶽に求めようとするものです。

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バスからの眺めも最高です。
山全体が燃えるようです。

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美しい紅葉の眺めで、至福の時間が流れていきます。
大阪に帰りたくなくなり、ずっと旅していたいです。

このツアーは、人気がなく今年は2本だけの催行で、来年あるかどうかとガイドさんは気をもんでいました。
ええツアーやと思うので、多くの人に参加して欲しいもんです。

名古屋・犬山城と岡崎城 [日本]

2016年9月17日(土)曇

3連休を利用して旅をしようと思います。
石川雲蝶を見に新潟に行きたかったのですが、飛行機のチケットが取れずに、名古屋に行くことにしましたが、こちらも新幹線のチケットが取れず諦めかけていたら、予約キャンセルが出て運良くチケットを取ることが出来ました。予定の時間より早くて喫煙席ですが、1時間少しの乗車ですのでよしとします。

新幹線は、「ぷらっとこだま」とゆうチケットなんですが、乗車券とワンドリンクのサービスが付いています。KIOSKで飲み物と交換できます。500mℓのチューハイにしようと思ったのですが、350mℓしか置いてません。なんか損した気分です。

チケットが取れないくらいなので、満席かと思っていたら、車両はガラガラでした。
どこかがチケットを抑えているのでしょうか。

9時前に名古屋に到着。
明日明後日と雨模様なので、今日は犬山城に行くことに。
名鉄に乗り換えて、30分ほどで犬山駅に到着。

駅からブラブラと歩いて犬山城を目指します。

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旧磯部家住宅です。
緩やかな曲線を描く「起り屋根(むくりやね)」が綺麗です。
間口6.8m、奥行き約58mあります。
うなぎの寝床ですが、間口の広さで税金が決まるので、こういった造りになりました。
ベトナムで同じ事情で、同じような造りの家を見たことがありますが、国が違っても役人や庶民が考えることは一緒なんやなぁと感じました。

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城下町も風情があって、ブラブラ散歩にはピッタリです。

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犬山城が見えてきました。
見てのとおり、小高い山の上に建てられた「後堅固の城」です。

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三光稲荷神社の階段を上がっていきます。

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伏見稲荷ほどではないですが、稲荷神社らしい朱塗りの鳥居のトンネルが美しいです。

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犬山城です。
織田信長の叔父、織田信康により天文6年(1537)に創建されました。
別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられています。
唐破風が美しいです。付櫓があるのは珍しいですね。

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天守閣からの眺めです。
尾張国と美濃国の境にあり、目の前を流れるのは木曽川です。

城を出て、対岸に向かいます。

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対岸から見た犬山城です。
「後堅固の城」とゆうのがよく分かります。
犬山城は、国宝指定され5城のうちの一つで、現存する日本最古の城です。

城下町に戻ってきて、観光です。

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からくり展示館です。
この作品は「弓曳童子」です。
人形が矢立てから矢を取り、弓につがえ、的を射るという高度な動作を繰り返す、からくり人形です。

ちなみに、「からくり」とは、
からくり[絡操、機関](カラクルの連用形から)①糸のしかけであやつって動かす装置。転じて、一般にしかけ②しくんだこと③絡操人形におなじ=ぜんまい仕掛けで、ねじを回せば動くように造った人形と定義されています。

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どんでん館です。
この車山(やま)は、「壽老臺」です。
車山は犬山祭りで使われます。

犬山祭りは、江戸時代から続く車山の祭りです。全国的に珍しく全ての車山(13輌)に仕掛けも見事な、からくり人形を備え、からくりを針綱神社に奉納します。機会があれば見てみたいもんです。

名古屋に戻ってきて、宿へ。
今回の宿は安さ重視で、第2松竹梅ホステルにしました。
男性専用のホステルで、トイレ・シャワー共同のシングルルームです。
1泊、¥2463です。嬉しい安さです。

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夜は、名古屋で居酒屋の元祖の店に行きました。
名古屋名物の「味噌おでん」です。
ちょっと甘めのお味です。味噌味が合うネタと合わないネタがあるので、まぁまぁかなと思います。

2016年9月18日(日)雨降ったり止んだり

今日は一日雨との予報でしたが、宿を出るときは降ってなかったです。
宿から名古屋駅の方へと歩いて行きます。

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名古屋駅前にある、モード学園スパイラルタワーズです。
服飾学校らしい斬新なデザインです。

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こちらも名古屋駅前にある、ナナちゃん人形です。
プロフィールとしては、昭和48年4月28日生まれで身長が610cm、体重が600Kg、スリーサイズが、バスト207cm、ウエスト180cm、ヒップ215cmとなっています。

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名古屋駅から少し歩いたところに、納屋橋があります。
1610年(慶長15年)の堀川掘削とともに架けられた「堀川七橋」の1つです。
現在の橋は1981年(昭和56年)に架けかえられたもので、前代のものを引き継いだ、中央部にテラスを持つ青銅鋳鉄の欄干が特徴のアーチ橋となっています。

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欄干の真ん中には、堀川開削を行ったとされる福島正則にちなみ福島家の家紋が施されています。

今日は名古屋市内を巡るので、ドニチエコきっぷを購入。地下鉄とバスが1日乗り放題で¥600です。
地下鉄で移動して徳川美術館へ。

今回、旅の行先を名古屋にしたのは、徳川美術館に観たい作品があるのと、国宝犬山城に行ってみたかったからです。

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徳川美術館です。
徳川家康の遺品(駿府御分物)を中核として、徳川御三家筆頭で徳川家康の九男・徳川義直を祖とする尾張徳川家伝来の大名道具を展示公開しています。開館は昭和10年(1935)です。
人気の美術館で、人が多いです。

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「青磁香炉 銘 千鳥」です。
この作品が観たいがために、徳川美術館を訪れたのですが、
1周して、あれ??
どこにあったけっ?と思って、もう1周しました。
ありました。遠くの棚の上のほうに。
香炉の足は見えません。香炉が浮いて見えるのが一つの特徴なのに、なんて展示の仕方でしょう。
ムッチャ、残念です。
人気がないから、残ない展示になっているのでしょう。

気を取り直して、移動して観光。

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名古屋市庁舎です。
近代的なビルに和風の瓦屋根を載せた「日本趣味を基調とした近世式」とされ、一般公募(総数559通)の中から西春日井郡豊山村(現在の豊山町)出身である平林金吾氏の案が採用されました。
中央にそびえる高さ53.5メートルの時計塔が特徴で、二層の屋根を配した塔の頂上には、四方にらみのしゃちを載せ、名古屋城との調和を図った意匠となっています。
平成26年12月に隣接する愛知県庁本庁舎とともに、国の重要文化財に指定されました。

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その愛知県庁本庁舎です。
庁舎の基本設計は、建築家の西村好時氏と当時、東京帝室博物館(現、東京国立博物館)の設計コンペで最優秀を獲得した建築家の渡辺仁氏に委嘱し、両氏の案を基に県建築部営繕課が実施設計を行いました。建築費は当時300万円でした。

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ネオバロック様式が美しい、名古屋市市政資料館です。
入館料が無料なのも嬉しいです。

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入ってすぐ、中央階段室です。
こちらも、重要文化財です。

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会議室です。創建時(大正11年)の会議室を復原しています。
重厚な調度品を置いて、全体に荘重な雰囲気を醸し出しています。
絨毯は、中国天津の一枚織で、一軒家が建てられるほどの高価なものです。
内装が重要文化財に指定されています。

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留置場です。
実は、この建物は名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎として使われいました。
なので、留置場があります。
さすがに留置場は、暗い雰囲気です。

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名護屋港に移動して、南極観測船ふじを見にやってきました。

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タロ・ジロの像もあります。

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第13士官寝室です。
幹部約33人の居室なっています。2人で1部屋です。広さは8畳となっています。

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第2居住区です。
一般乗組員約105人分の居室です。
幹部の部屋でも狭いのに、ここは約150平方メートルの空間に3段ベッド27台、2段ベッド14台が置かれています。狭い宿に泊まったことがありますが、ここはそれよりも狭いです。
出世せな、あきませんなぁ。

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熱田神宮です。
祭神は熱田大神であり、三種の神器のひとつ草薙神剣が祀られています。

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大きな楠がありました。

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二十五丁橋です。
西行法師も休んだといわれる日本最古の石橋です。
石板が25枚並んでいることからその名がつきました。
橋の真ん中でネコが休んでいました。

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大須観音です。
正式名称は真福寺宝生院です。日本三大観音のひとつです。

夜は夜とて、またまた居酒屋に出没です。
でらハイボールが有り、それにしました。確かに、「でら」でした。
名古屋らしいネーミングが嬉しいです。

2016年9月19日(月)晴後雨

台風16号が接近していて、雨を覚悟していましたが、雨は降っていません。
ラッキーです。

宿チェックアウトして、名鉄で岡崎公園前まで行きます。
駅から、ブラブラ歩いて10分ほどで岡崎城に到着。

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岡崎城です。
晴れ間が覗くくらいの、いい天気です。暑いです。
岡崎城は徳川家康の生まれた城として知られています。「桶狭間の戦い」で今川義元が敗死した際に家康(当時は松平元康)が今川氏から独立した城でもあります。江戸時代には家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務めています。

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天守閣からの眺めです。
1959年に鉄筋コンクリート三層五階で復興しました。

岡崎城を出て、岡崎公園内を散策です。

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本多忠勝銅像です。
家康公の四天王の一人として知られています。

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からくり時計です。

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毎時0分と30分になると、家康公の人形が能を舞います。

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表情が変わりました。
良く出来ています。

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家康公銅像です。
1965年の家康公没後350年祭を記念し、彫塑家高村泰正氏により制作されたものです。

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三河武士のやかた家康館です。
「決戦!関ヶ原」は、大型映像と屏風ビジョン、武将のフィギュアによるジオラマ解説になっています。
なんとなくは知っていた関ヶ原合戦ですが、よく分かって良かったです。

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天下人家康公の出世ベンチです。
家康公と一緒に座って、出世しましょう。

岡崎公園を出て、ブラブラ歩いて八丁味噌の郷へ。

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カクキューです。
八丁味噌蔵の見学をします。
土日祝は、毎時00分、30分開始のガイドつきで見学できます。
因みに、日本で八丁味噌をつくっている会社は、二つしかありません。

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カクキューの昔の看板です。
昭和の初めころまで旧国鉄の岡崎駅で使われていたもので、日吉丸(秀吉の幼少時代)と蜂須賀小六が矢作橋で初めて出会ったシーンだそうです。
が、矢作橋が出来たのは秀吉の死後ですので、これは後世の創作話しです。

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明治25年には宮内省への納入を始め、 明治34年12月28日には正式に宮内省ご用達の許可を得ています。 現在その制度は無くなっていますが、今なお宮内庁にはカクキューの八丁味噌が納入されているそうです。

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昔の店頭です。
今の本社の場所に移る前には、東海道沿いにお店がありました。

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味噌を造る作業は昔は重労働で大変でした。

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この仕込み桶は「六尺(ろくしゃく)」と呼ばれていて、天保3年(1839年)にできたカクキューの中で最も古いものです。

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六尺の底には、年号が刻まれていいます。

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甲子蔵の中です。
八丁味噌の製法の特徴は二年二冬(2年間)以上寝かす、天然醸造です。八丁味噌独特の濃厚なしぶみや旨味を出すためには、欠かせない製法です。
桶の上には無数の石が積まれています。総重量約3トン。ピラミッド状に整然と積み上げる石は岡崎の八丁味噌に欠かせない風景です。

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2006年の朝ドラ「純情きらり」で、宮崎あおい演じるヒロインの婚約者の家業が八丁味噌蔵という設定で、カクキューが撮影舞台となったそうです。
ドラマの設定時代(昭和初期)には金属の箍は使われていないので、美術の方が、金属の箍を隠すための「竹の箍カバー」を作りました。よく出来ています。

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カクキューの蔵は全部で七つ。全部で400〜500本程度の桶があります。
2年後、美味しい味噌になるのを待ってるよ。

蔵見学の後は、八丁味噌と赤だしの味噌汁の試飲と、味噌田楽の試食がありました。
美味しかったです。

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カクキューの裏は、八丁蔵通りになっています。
因みに、八丁味噌の由来は、岡崎城から西に八丁(約870m)にある八帖町(旧八丁村)で造られているからだそうです。もう1社のまるや八丁味噌は、すぐお隣にあります。
そちらも見学したかったのですが、時間が合わずに諦めました。

名古屋に戻って、時間があったのです、街歩きです。

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JRセントラルタワーズです。地上51階建です。
2014年に、大阪市のあべのハルカスが出来るまでは、駅ビルとして高さ世界一でした。延べ床面積では現在も世界最大です。

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駅前は、高層ビルが多いです。

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四間道です。
江戸時代の初め慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清須越にともなってつくられた商人町です。 四間道は、元禄13年(1700年)の大火の後、防火の目的と旧大船町商人の商業活動のため、道路幅を四間(約7メートル)に広げたので、その名前がついたといわれています。
改装中なのが、ちょっと残念。

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屋根神さまです。
津島神社、秋葉神社、熱田神宮の三つの神様が祀られています。屋根の上に小さな社を祀るという形態は、名古屋独特のものだそうです。疫病や火災などの恐怖から身を守るために、庶民が祈りを込めて作ったものです。

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円頓寺商店街です。
期限は江戸時代とゆう古い商店街です。
金のシャチホコがあるのが名古屋らしいです。

徳川美術館は、ちょっと残念でしたが、犬山城は良かったですし、岡崎公園も思っていたより良くて、美味しいものも頂けて充実した旅でした。
翌日は、台風16号でかなりの雨が降っていました。1日ずれていたら、観光どころではなかったかもしれません。相変わらず、悪運が強いようです。

若冲展とホキ美術館 [日本]

2016年4月29日(金)晴

伊藤若冲の生誕300年を記念して、展覧会が東京都美術館で開催されています。
若冲が京都・相国寺に寄進した「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅(宮内庁三の丸尚蔵館)が東京で一堂に会すのは初めてです。どうしても見たくて、東京に行くことに。

4月から転勤になり、土日祝が休みとなりました。いつもなら平日に旅するのですが、仕方なくゴールデンウィークに旅することとなりました。GWに旅するなんて、子供の時以来と違うかな。

新幹線で新大阪から東京まで。
遅めの出発でしたので、そんなに時間がなく、チェックインしてから迎賓館赤坂離宮に向かいます。

迎賓館赤坂離宮は、毎年夏の10日間、一般公開(参観)を実施していたのですが、今年の4月より、国外からのお客様をお迎えするのに支障のない範囲で、可能な限り通年公開を実施するようになりました。中も見学したかったのですが、予約がすでに終了していて、外からの見学です。

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ヨーロッパの宮殿にも匹敵する立派な造りです。

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どこから見ても重厚で美しいです。
次は中も見学したいです。

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夕食には早かったので、東京都庁に行きました。
展望台に上るのに列が出来ていて、30分待ちです。
GWなので仕方がないですね。
観光客は多いのですが、東京でタクシードライバーをしている友人は人が少ないので仕事にならないとゆうて8連休してます。観光客はタクシーに乗らないのでしょうか?

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前回、東京に来たときは工事中だったスカイツリーも綺麗に見えました。

2016年4月30日(土)晴

さて今日は、千葉まで移動してホキ美術館を訪れます。
ホキ美術館は、日本初の写実絵画専門美術館です。5年前にオープンして、こちらも以前から観たかった美術館です。

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建物もユニークな形をしています。

ホキ美術館5周年記念として、「3つの個性」とゆう企画展が開催されています。
五味文彦、大畑稔浩、島村信之3名の新作を含め、各作家24点ずつ72点が飾られています。

島村信之は観たかった画家なのですが、実物を観たらモデルの手が老けて見えて違和感を感じました。
後で学芸員による解説があったのですが、島村に何故こんな手なのですかと質問したところ、描きすぎてしまうとの答えだったそうで、癖だそうです。癖なら仕方のないところかもしれませんが・・・。

3時間くらい滞在して、じっくりと鑑賞しました。

東京に戻ってきて、スカイツリーに上ります。
スカイツリーは相変わらずの人気で日時指定券を事前に購入しました。

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上る前にスカイツリーを下から眺めて、パチリ。

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角度を変えて、パチリ。
近づきすぎると、天辺が見えません。
キングコングは、エンパイアステートビルに上りましたが、それよりも253m高い634mです。
コングがスカイツリーを見たら、どんなふうに感じたでしょう。

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350mの展望デッキに上るエレベーターの中です。
春夏秋冬をテーマに装飾が施されています。これは、春をモチーフにした「桜の空」です。
桜の花びらの中に蝶が飛んでいます。
エレベーターは分速600mで約50秒で展望デッキへ。

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晴れてはいるのですが、春霞で遠くまでは見えません。
それでも眺めているだけで楽しいです。

そこから展望回廊へ上ります。

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ちょうど夕焼けこやけです。
夕日がキラキラと輝いて綺麗です。

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最高到達点、451.2mです。

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少し雲が出てきて、早目に太陽が隠れてしまいました。

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展望デッキにはガラス床があって、スカイツリーの鉄骨と下の眺めが面白いです。

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ぼちぼち日が暮れて、灯り点し頃となり、夜の街に繰り出しました。

2016年5月1日(日)晴

この旅のメイン「若冲展」へ行きます。
ホテルをチェックアウトして、上野駅まで移動して、東京都美術館へ。

人がゾロゾロ、ゾロゾロ歩いていなぁと思っていたら、ほとんどの人が若冲展へ向かっている人達でした。
開館1時間以上前に着いたのですが、すでに長蛇の列です。そんなに暑い時期じゃなくて、よかったです。夏やったら熱中症で倒れる人が出るんちゃうかな。

少し開館時間が早まって、館内へ。
長蛇の列でしたから、館内は混み混みです。
係のお姉さんが、空いているところからご覧下さい。とゆうてたので、素直にその通りに観ていって、あとから「動植綵絵」のある部屋に戻ってきたら、チョー混み混みでした。素直にゆうこと聞かんかったら、よかったです。

作品の前には何重もの人垣が出来ています。
係の人が、立ち止まらずに進みながらご覧下さいとゆうてますが、誰も聞きません。
アリの這うようなスピードでジリジリと進むのみです。
じっくりと観たいのは分かりますが、ゆっくり進みながら観て欲しいものです。

30幅の作品を観るのに1時間以上かかりました。
並ぶのが大嫌いなので普段なら、もうええゎと諦めるところですが、我慢して観ました。
それほど、素晴らしい作品でした。

芳醇で濃密な色彩の絵は、仏画などに使われる裏彩色によってひときわ鮮やかに表現されています。さらに海外からもたらされた顔料、プルシアンブルーを日本でいち早く使うなど、その作品対する情熱はハンパないです。

徹底的に描きこまれた超絶技巧と、その緻密さに圧倒されます。
最近の研究で、肉眼では見えない点まで描いてるのが発見されたり、人の脳の中で色を認識させたりと、とても人間技とは思えません。若冲は宇宙人やったちゃうやろかと感じました。

「動植綵絵」の他にも、約80年振りに発見された「孔雀鳳凰図」や、ジョープライス・コレクションの「鳥獣花木図」などなど、見どころ満載です。

若冲の言葉に、「千載具眼の徒を待つ」とあるのですが、千年後に理解されることを願ってとゆう意味です。
まさにその通りですね。
千年とはいきませんが、10年分くらいは若冲を理解できたかな?

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3時間以上、たっぷりと若冲を堪能したあとは、横山大観記念館へ。
係のお姉さんが若冲展、いってきはったんですか。
華美な世界もええけど、大観のような素朴な日本画を落ち着いて鑑賞しては、とゆう言葉が印象に残りました。大観の世界に自信を持ってるんやなぁと思いました。
横山大観記念館は、大観が明治42年より生活し、数々の名作を生み出した場所です。

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大きな庭ではないのですが、奥行を感じさせるように工夫された庭です。

確か若冲は素晴らしいですが、大観の世界も好きやなぁと、ほのぼのとした気分で作品を眺め、大観が生活し制作に励んだ息吹を感じられる、ええ記念館でした。

贅沢な時間の過ごし方をした旅でしたが、濃密な時間を過ごすことが出来ました。
あれこれと観るよりも、じっくり観たので心の奥深くに印象が残った旅となりました。

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