ニャウンウー~マンダレー移動(飛行機) [ミャンマー]
2010年12月31日(金)ニャウンウー晴 マンダレー晴
7時35分のフライトですが、宿の人が6時半に宿を出たら間に合うとゆうので6時半にしました。
朝で道もすいていて約10分で空港に到着。
料金は先払いしていたので大丈夫かなと思っていましたが、問題ありませんでした。
チェックインカウンターも混んでいなかったです。
飛行機はプロペラ機で、自由席です。
定刻より10分早く7時25分に出発。
8時5分にマンダレー空港に到着。
ミャンマーの国内線は、めっちゃ遅れることがあると聞いていたのですが、今のところ順調です。
マンダレー空港の荷物受け取りは、ターンテーブルで出てきます。
空港内にタクシーのカウンターがあったので料金を聞いてみたら、シェアタクシーで一人4000Kです。
ガイドブックにはシェアタクシーのことは載っていなくて、タクシーの相場は12000Kとだけ書いてあったので、安く済んでラッキーです。
宿はガイドブックに載っている、Nylon Hotelにします。
部屋が空いているかどうか心配でしたが、空いていてよかったです。中国系の経営なのか、ホテルの名前は漢字でも書いてあって、尼龍旅館となっています。
シングル、シャワー・トイレ付き、エアコンなし朝食ありで1泊$6です。ええ感じの料金設定です。バスタオルもあります。
部屋は屋上階の7階です。
エレベーターはなく上るのはしんどいですが、部屋の前は屋上スペースになっていて、町が眺められるので気持ちがいいです。屋上には4つ部屋があって、他の3部屋にはエアコンがついていますが、この部屋だけファンのみです。
朝食を摂っていなかったので腹ペコです。
マンダレー名物のミシとゆう麺の屋台を探したのですが、分かりませんでした。肉まんを売っている店があったので肉まんにしました。一つ400Kです。鶏のから揚げもそうでしたが、スイートチリソースがついてきます。ミャンマー人は甘辛いのが好きなんでしょうか。私には、ちょっと甘くて合いません。
旧王宮に行きます。
何も考えずに歩きだしましたが、よう見たら7kmくらいあります。めっちゃ遠いです。西側の入口から入ったら近いのですが、外国人は東の入口しか利用できません。
東の入口でマンダレーの入域料を払います。$10です。
以前は有効期間が5日間だったのですが、3日間と短くなっていました。
入口から旧王宮のあるところまで1km以上あります。
結局2時間ほど歩いて、ようやくたどり着きました。
ミャンマー最後の王朝となったコンパウン朝の王宮です。
高さ8mの城壁に囲まれ、城壁は幅約70mの堀にかこまれています。
マンダレーへの遷都を決定したミンドン王が1857年から建設を開始し、4年がかりで完成しました。
しかし、その後この地を支配したイギリスに軍の施設として利用され、さらに日本に占領され戦闘によって王宮は消失してしまいました。
戦後はミャンマー国軍の施設として利用されましたが、1990年代に旧王宮の建物が再建され、その部分に限って外国人も見学できるようになりました。
立派な建物ですが、中は埃だらけで全然掃除していません。靴を脱いで上がらないといけないのですが、埃で気持ち悪いです。
ここまで歩いたついでに、さらに3kmほど離れたマンダレーヒルまで歩きます。
マンダレーヒルは丘全体が寺院となったマンダレー最大の聖地です。標高は236mです。
南の参道から上るのですが、ガイドブックの説明とぜんぜん合いません。後で分かりましたが、南の参道は2ヶ所入口があります。途中で一緒になりますが、賑やかな参道から上ったほうが参道も掃除されていて上りやすいです。
ビャーデイペー・パヤーです。
マンダレーヒルで最も名高い「予言を与え給う仏陀」像です。高さ約8m、弟子のアーナンダを従えた仏像はチーク材を彫ったものです。
お布施をするものが何もないことに悩んだあげく自分の乳房を仏陀に献上したサンダームキ(鬼)に対し、「お前は来世では王になり、そこに町を造るであろう」予言を与え給いました。そのとおり、サンダームキはマンダレーの旧王宮を造ったミンドン王に生まれ変わったのだといいます。
このパヤーは展望テラスになっています。
マンダレーの町が一望できます。双眼鏡のレンタルもあります。
サンダームキ・パヤー(鬼の仏塔)です。
乳房を差し出すサンダームキ(女鬼)の像があります。鬼とゆうから恐い顔をしているのかと思ったら、かわいらしい顔をしています。
頂上にはスタンピー・パヤーがあります。
写真を撮る場合は、撮影代500Kが必要です。
ムイヂーナッカです。
頂上から少し下ったところにあります。ムイはヘビ、ヂーは大きい、ナッカは二つとゆう意味です。
ミャンマー人にとって、マンダレーヒルをいえばムイヂーナッカとゆうほど人気の像で、有名な歌の歌詞にも出てくるそうです。記念写真を撮る人が行列を作っていました。
参道を下って、参道の入口まで戻りました。
チンテーヂーナッカがあるところから上るのがいいと思います。
チンテーはライオンとゆう意味です。
マンダレーヒル周辺の観光です。
チャウットーヂー・パヤーです。
本殿にある石仏は、マンダレーの約30km北にあるサジン山で採掘された巨大な一枚岩から彫られたものです。通常ミャンマーのお寺にある仏像は、信者が寄進した金箔で覆われているのですが、ここの仏像は大理石の素肌がむき出しのままで珍しいですが、これも綺麗だと思います。
クドードォ・パヤーです。
バガンのシュエズィーゴォン・パヤーを模して建てられたパヤーですが、修復中で分かりませんでした。
境内には729の仏塔があり、中には仏陀が悟りを開いてから死ぬまでの説教をまとめた経典を刻んだ石版が1枚ずつ収められています。
シュエナンドー僧院です。
ミャンマーでは昔ながらの僧院で木造のものは数が減ってきていて、この僧院も唯一残るミンドン王時代の木造建築です。
建物の外壁から屋根や入口の周囲、内側にも手の込んだ彫刻で眺めていて飽きません。建物全体が芸術作品です。
ここに入場するときにマンダレー入域カードの提出が必要で、カードに穴を開けられました。主要なところは、1回しか見学できないようになっています。
よう歩いたので、さすがに2時間歩いて帰る気にはなりません。
サイカー(自転車の横に座席をつけたもの、語源は英語のサイドカーです)が声をかけてきたのでダウンタウンまでなんぼと聞くと$1とゆうので乗っていくことにします。
買い物がしたかったので、ゼェジョーマーケットに行ってとゆうのですが、知らんかったら知らんとゆうたらええのに、分かるとゆうのですが、ちゃうほうに行こうとします。その都度、道を言わなあきません。
ゼェジョーマーケットに着きましたが、あたりはもう閉まっていました。
食料や水を買いたかったのですが、仕方ないです。宿の近くまで帰ってきて、近くのレストランで夕食です。
シャン・カオスエにします。
米の麺です。スープはラーメンにも似ています。ビールを1本頼んで、両方で2400Kでした。
ここの宿はネットが使えるとガイドブックに書いてあったのですが、もうやめたみたいで使えませんでした。
去年の大晦日はインドからネパール越えで、ちょいと苦労しましたが、今年は楽な大晦日です。
ミャンマーは仏教国で、あんまり飲酒をしない国です。ビールを飲んで今年1年の納めにしようと思っていましたが、ビールを売っているところがなかったです。
旅三昧の1年で、計画どおりにいかへんかったことやトラブルもありましたが、今もこうして旅をしていられることに感謝します。
ミャンマーは軍事政権の国です。日本もかつてはそうでした。言いたいことも言われへんし、不満も多々あると思うのですが、人々はエネルギッシュに明るく暮らしています。
そんなミャンマーの人も含めて、来年がみんなにとって、ええ年でありますように。
7時35分のフライトですが、宿の人が6時半に宿を出たら間に合うとゆうので6時半にしました。
朝で道もすいていて約10分で空港に到着。
料金は先払いしていたので大丈夫かなと思っていましたが、問題ありませんでした。
チェックインカウンターも混んでいなかったです。
飛行機はプロペラ機で、自由席です。
定刻より10分早く7時25分に出発。
8時5分にマンダレー空港に到着。
ミャンマーの国内線は、めっちゃ遅れることがあると聞いていたのですが、今のところ順調です。
マンダレー空港の荷物受け取りは、ターンテーブルで出てきます。
空港内にタクシーのカウンターがあったので料金を聞いてみたら、シェアタクシーで一人4000Kです。
ガイドブックにはシェアタクシーのことは載っていなくて、タクシーの相場は12000Kとだけ書いてあったので、安く済んでラッキーです。
宿はガイドブックに載っている、Nylon Hotelにします。
部屋が空いているかどうか心配でしたが、空いていてよかったです。中国系の経営なのか、ホテルの名前は漢字でも書いてあって、尼龍旅館となっています。
シングル、シャワー・トイレ付き、エアコンなし朝食ありで1泊$6です。ええ感じの料金設定です。バスタオルもあります。
部屋は屋上階の7階です。
エレベーターはなく上るのはしんどいですが、部屋の前は屋上スペースになっていて、町が眺められるので気持ちがいいです。屋上には4つ部屋があって、他の3部屋にはエアコンがついていますが、この部屋だけファンのみです。
朝食を摂っていなかったので腹ペコです。
マンダレー名物のミシとゆう麺の屋台を探したのですが、分かりませんでした。肉まんを売っている店があったので肉まんにしました。一つ400Kです。鶏のから揚げもそうでしたが、スイートチリソースがついてきます。ミャンマー人は甘辛いのが好きなんでしょうか。私には、ちょっと甘くて合いません。
旧王宮に行きます。
何も考えずに歩きだしましたが、よう見たら7kmくらいあります。めっちゃ遠いです。西側の入口から入ったら近いのですが、外国人は東の入口しか利用できません。
東の入口でマンダレーの入域料を払います。$10です。
以前は有効期間が5日間だったのですが、3日間と短くなっていました。
入口から旧王宮のあるところまで1km以上あります。
結局2時間ほど歩いて、ようやくたどり着きました。
ミャンマー最後の王朝となったコンパウン朝の王宮です。
高さ8mの城壁に囲まれ、城壁は幅約70mの堀にかこまれています。
マンダレーへの遷都を決定したミンドン王が1857年から建設を開始し、4年がかりで完成しました。
しかし、その後この地を支配したイギリスに軍の施設として利用され、さらに日本に占領され戦闘によって王宮は消失してしまいました。
戦後はミャンマー国軍の施設として利用されましたが、1990年代に旧王宮の建物が再建され、その部分に限って外国人も見学できるようになりました。
立派な建物ですが、中は埃だらけで全然掃除していません。靴を脱いで上がらないといけないのですが、埃で気持ち悪いです。
ここまで歩いたついでに、さらに3kmほど離れたマンダレーヒルまで歩きます。
マンダレーヒルは丘全体が寺院となったマンダレー最大の聖地です。標高は236mです。
南の参道から上るのですが、ガイドブックの説明とぜんぜん合いません。後で分かりましたが、南の参道は2ヶ所入口があります。途中で一緒になりますが、賑やかな参道から上ったほうが参道も掃除されていて上りやすいです。
ビャーデイペー・パヤーです。
マンダレーヒルで最も名高い「予言を与え給う仏陀」像です。高さ約8m、弟子のアーナンダを従えた仏像はチーク材を彫ったものです。
お布施をするものが何もないことに悩んだあげく自分の乳房を仏陀に献上したサンダームキ(鬼)に対し、「お前は来世では王になり、そこに町を造るであろう」予言を与え給いました。そのとおり、サンダームキはマンダレーの旧王宮を造ったミンドン王に生まれ変わったのだといいます。
このパヤーは展望テラスになっています。
マンダレーの町が一望できます。双眼鏡のレンタルもあります。
サンダームキ・パヤー(鬼の仏塔)です。
乳房を差し出すサンダームキ(女鬼)の像があります。鬼とゆうから恐い顔をしているのかと思ったら、かわいらしい顔をしています。
頂上にはスタンピー・パヤーがあります。
写真を撮る場合は、撮影代500Kが必要です。
ムイヂーナッカです。
頂上から少し下ったところにあります。ムイはヘビ、ヂーは大きい、ナッカは二つとゆう意味です。
ミャンマー人にとって、マンダレーヒルをいえばムイヂーナッカとゆうほど人気の像で、有名な歌の歌詞にも出てくるそうです。記念写真を撮る人が行列を作っていました。
参道を下って、参道の入口まで戻りました。
チンテーヂーナッカがあるところから上るのがいいと思います。
チンテーはライオンとゆう意味です。
マンダレーヒル周辺の観光です。
チャウットーヂー・パヤーです。
本殿にある石仏は、マンダレーの約30km北にあるサジン山で採掘された巨大な一枚岩から彫られたものです。通常ミャンマーのお寺にある仏像は、信者が寄進した金箔で覆われているのですが、ここの仏像は大理石の素肌がむき出しのままで珍しいですが、これも綺麗だと思います。
クドードォ・パヤーです。
バガンのシュエズィーゴォン・パヤーを模して建てられたパヤーですが、修復中で分かりませんでした。
境内には729の仏塔があり、中には仏陀が悟りを開いてから死ぬまでの説教をまとめた経典を刻んだ石版が1枚ずつ収められています。
シュエナンドー僧院です。
ミャンマーでは昔ながらの僧院で木造のものは数が減ってきていて、この僧院も唯一残るミンドン王時代の木造建築です。
建物の外壁から屋根や入口の周囲、内側にも手の込んだ彫刻で眺めていて飽きません。建物全体が芸術作品です。
ここに入場するときにマンダレー入域カードの提出が必要で、カードに穴を開けられました。主要なところは、1回しか見学できないようになっています。
よう歩いたので、さすがに2時間歩いて帰る気にはなりません。
サイカー(自転車の横に座席をつけたもの、語源は英語のサイドカーです)が声をかけてきたのでダウンタウンまでなんぼと聞くと$1とゆうので乗っていくことにします。
買い物がしたかったので、ゼェジョーマーケットに行ってとゆうのですが、知らんかったら知らんとゆうたらええのに、分かるとゆうのですが、ちゃうほうに行こうとします。その都度、道を言わなあきません。
ゼェジョーマーケットに着きましたが、あたりはもう閉まっていました。
食料や水を買いたかったのですが、仕方ないです。宿の近くまで帰ってきて、近くのレストランで夕食です。
シャン・カオスエにします。
米の麺です。スープはラーメンにも似ています。ビールを1本頼んで、両方で2400Kでした。
ここの宿はネットが使えるとガイドブックに書いてあったのですが、もうやめたみたいで使えませんでした。
去年の大晦日はインドからネパール越えで、ちょいと苦労しましたが、今年は楽な大晦日です。
ミャンマーは仏教国で、あんまり飲酒をしない国です。ビールを飲んで今年1年の納めにしようと思っていましたが、ビールを売っているところがなかったです。
旅三昧の1年で、計画どおりにいかへんかったことやトラブルもありましたが、今もこうして旅をしていられることに感謝します。
ミャンマーは軍事政権の国です。日本もかつてはそうでした。言いたいことも言われへんし、不満も多々あると思うのですが、人々はエネルギッシュに明るく暮らしています。
そんなミャンマーの人も含めて、来年がみんなにとって、ええ年でありますように。
2011-01-05 22:40
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