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ヴァーラーナスィー観光part3 [インド]

2009年12月29日(火)晴

昨日、人がいっぱいで諦めたヴィシュワナート寺院へ、再度挑戦。
今日は、がらがらで入ろうと思ったら、入口でセキュリティ・チェックがありました。
カメラ、携帯電話、ライト、煙草ライター類の持込は禁止で預けなければなりません。
カメラを預けて入ろうと思ったら、裸足になってお供えの花を買うてから入れとゆうてきました。しかも、花は大きさ3種類あって、一番大きいのがご利益があってええとゆうような事をゆうてました。
私は、ヒンドゥー教徒とちゃうし、ご利益ないんとちゃうん。うんこだらけの冷たい道に並ぶのも嫌やったので、見学は止めました。

気を取り直し、昨日とは逆にガンガーの下流のガートを見に行きました。
下流の方は、観光客も少なく葉っぱ売りの人もいなくて、のんびりと散策できました。

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洗濯している人、昼寝している人。
沐浴の場とゆうより、生活臭が強いです。


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河幅も広くなって、ガートも河の近くは砂になっています。

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マーラヴィーヤ橋の近くまで行きました。
何かの集会が行われていて、人がいっぱいでした。

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パンチガンガー・ガートは、ガンガー、ヤムナー、サラスヴァティー、ドゥーババーバ、キナーラーの5つの河が伝説的に合流する場所です。

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10月頃になると、死者の魂が迷わず帰ってこられるよう、灯明を入れる竹竿がたくさん立てられ、秋空を彩る風物詩になっています。

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スィンディヤー・ガートです。
1937年に改装された寺院ですが、
寺院が半分水没していて今にも倒れそうです。

ヒンドゥー教徒でない私にとっては、ただの河なのですが、眺めていたり散策していて飽きない河です。
3000年も人を引き付けてきた河やから、魅力があるんでしょう。


ヴァーラーナスィー観光part2 [インド]

2009年12月28日(月)晴

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4時15分、めっちゃ早起きして闇の中のガンガーへ。

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まだ、夜も開けきらないうちから、沐浴する人の多さに驚きます。
年末とゆうこともあるんやろうけど、ほんま熱心なことです。

気温は、14℃くらいかな。見ているだけでも寒いです。

熱心に祈りを捧げる信者がいます。

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説法をするバラモン、剃髪してもらっている人。
岸辺から祈りを捧げてろうそくを流している人もいます。

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中には親子4人連れで来ている信者も。
小さな男の子は、嫌がって泣いています。
お姉ちゃんの方は、最初嫌がっていたみたいですが、
そのうち喜んで沐浴していました。

夜明けの時間が分からへんかったから、早めにきたけど、あまりに早過ぎました。

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寒いので、ぶらぶらと歩きながら、眺めていると、
歯ブラシだけしにくる人や、足だけつかって祈りを捧げる人。
朝早いので、人目をきにせず胸をはだけて着替えをするおばちゃん。
昼間とは違った沐浴姿が見られました。

朝早くから、商売人も来ています。
ボートは、ここでの人気観光です。
100Rsは高くて、よう乗らんけど。

はたまた、葉っぱ葉っぱとゆうてくる人。
日本人は、よほど葉っぱ好きと思われているらしい、
それともよく吸っているのでしょうか。
昼間ですと、1~2分おきくらいに、ハロー、ナマステー、コンニチハー、と声を掛けてきて、二言目には葉っぱ葉っぱと、いちいち相手にするのも鬱陶しいので、黙って無視しています。
インドは好きですが、こんなインド人は嫌いです。

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6時過ぎ、ようやく東の空が明るみ始めてきました。
6時56分太陽の姿が、ガンガーの向こう岸に見えました。

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朝日に、熱心に祈りを捧げる信者。


闇の世界に、光と温もりと生命の育みをもたらしてくれる太陽。
信仰心のない私でも、感謝の念を抱きます。

3時間くらい外にいてたら、すっかり体が冷え切り、怠惰な私は宿に戻りシャワー浴して、2度寝をしました。

昼からは、ヴィシュワナート寺院に行こうと思ったのですが、入るまで長蛇の列。月曜日だからとゆう声も聞こえてきて、20分ほど列に並んでいたのですが、1歩も進まへんので、諦めました。

ちょっと遠いけどアッスィー・ガートまで歩こうと決めて、出発です。
ガンガー沿いを、アッスィーを目指してぶらぶらと。
この辺りは、物売りも少なくのんびりと歩けます。

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途中、トゥルスィー・ガートを見ながら、アッスィー・ガートまで来ました。
思ったほど、遠くなかったです。

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上流からの眺めを楽しんでから、その近くにあるドゥルガー寺院へ。途中、分からへんようになって、地図を見ていると、ドゥルガー寺院は、こっちやでと教えてくれたおじさんがいました。インドに来て初めて親切な人に出会いました。

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どうにか、ドゥルガー寺院に着いたのですが、靴脱ぎの所で寄付を要求されそうだったので、寄付が少ないとか文句言われるのが嫌やったので、中には入りませんでした。どうせ、ヒンドゥー教徒以外は本堂の中までは入れないので、いいやと思いました。
始めからから入場料として請求されれば納得して払えるのですが、寄付となると額が少ないとか言われると気分が悪いです。寄付は気持ちの問題やと思うねんけどなあ。

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近くにトゥルスィー・マーナス寺院があったので、行ってみたけど、閉まっていました。
インド3大叙事詩の一つ「ラームリラ」はサンスクリット語。そのラームリラを庶民に分かりやすいように翻訳した人物が、トゥルスィーです。こっちの方が見たかったのですが、残念です。


ヴァーラーナスィー観光part1 [インド]

2009年12月27日(日)晴

まずは、ガンガーの眺めを見ようと思ったら、いきなり迷子になりました。
迷路のような道は、とても数日では把握できません。

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宿の近くの風景。細い迷路のような路地。
野良牛や野良犬が沢山いてて、道はゴミとうんこだらけ、細い道なのにバイクがクラクションけたたましく走ってくる、歩くのも一苦労です。

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なんとかコンパスを頼りに、ガンガー(ガンジス河)までたどり着きました。
時が止まったように感じる風景です。

まずは、マルカルニカー・ガートを見に行きました。
ガートとは、岸辺から階段になっていて河水に没している堤の事です。
ガートは、沐浴する場として使われていますが、ヒンドゥー教徒の火葬場として使われているガートもあります。

マルカルニカー・ガートは、火葬場のガートです。
マルカルニカーとは、宝石の耳飾りのことです。ヴィシュヌ神が自ら掘った池のほとりで苦行に励んでいると、シヴァ神が現れて何でも願い事を叶える約束をしました。シヴァ神のいるこの都に永遠に住みたいとゆうと、シヴァ神は喜びに打ち震え、耳飾りが池の中に落ちたという神話に由来しています。

マルカルニカー・ガートでは、写真撮影が禁止されています。
盛んに勝手にガイドをしてくる輩が多いです。後で、高いガイド料を請求されるのが落ちですから、一人で見るとゆうて断りました。

大きな薪、小さな薪を取り混ぜて、薪を木組みにしています。重さも量って計算されて組み立てています。
担架に乗せられた遺体が運ばれてきます。遺体は、金銀オレンジ等の華やかな布に包まれ、花もたくさん供えられて運ばれてきます。華やかな布を取り除き、ガンガーの水に浸された遺体は、薪の上に乗せられます。
遺体に供えられた花を牛が食べて、おしりを叩かれて怒られています。神聖な動物でも、してええ事とあかん事あるようです。
薪に火がつけられ、その上に何かの葉っぱや油のような物、何かの粉を振り掛けています。
こぼれた葉っぱを火を怖がりもせずに、ヤギが食べにきます。
燃え盛る炎の横で、満腹になったヤギが寝ています。
青い空のもと、生にあるものと死にあるものの交錯を、ガンガーの流れが、すべて飲み込むように、とうとうと流れています。

遺体が、かなり焼けたところで、ドーム・カースト(火葬場の仕事をする人)のおじさんが、木の棒を使って、はみ出た足を火の中に入れたり、遺体をひっくり返したりして、すべてを灰に戻します。

そして遺灰は、すべてガンガーに流され、海へとたどりつき、また雨となりガンガーに降り注ぐ。輪廻転生を現しているのかもしれません。

ヒンドゥーの信仰によれば、ここで死に、遺灰がガンガーに流されると、輪廻からの解脱が得られるそうで、ヒンドゥー教徒にとって最高の幸福とされています。その為、ここで死ぬのを目的にしている人もいるそうです。


そんな風景をぼけーっとしながら見ていたら、お腹が減ってきたので(生きるサガです)ダシャーシュワメード・ロードで屋台メシを食べてから、ダシャーシュワメード・ガートへ。

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ダシャーシュワメード・ガートは、最も多くの巡礼者がやって来るガートです。
ダシャは10、アシュワメードは古代インド王位継承の際などに執り行われた特別な儀式の事です。

ヒンドゥーの信仰によれば、ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、すべての罪は浄められるそうです。

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シャンプーもしています。

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女性は、顔と頭だけ濡らしている人が多いです。

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こちらは、身体も洗っています。
沐浴とゆうより、お風呂とちゃうん。


私も、沐浴と思いましたが、病院行きになるのが落ちなので、両手だけガンガーに浸しました。思ったより、ひやっとしていました。この日は、気温28℃でしたが、全身浸かったら、かなり寒いと思います。ちょびっとは、罪が浄められたかな?


カジュラーホーからヴァーラーナスィーへ移動 [インド]

2009年12月26日(土)晴

宿から空港へ、オートリクシャーで移動しました。
リクシャーワーラーが握手してきたのですが、右手に荷物を持っていたので、
思わず左手で握手してしまいました。
左手は不浄の手とゆう事をすっかり忘れていました。
ごめんね、リクシャーワーラー。気持ち悪かったと思うわ。
まだまだインドの感覚が身についていないですね。

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カジュラーホー空港は小さな空港です。
でも、嬉しい事にネットがつながりました。

たまっていた、ブログ記事をアップして、ニュースチェックをしました。
M-1グランプリで、応援していたパンクブーブーが優勝していたのが
嬉しかったです。

フライトは13:25発の予定が遅れて14:15発になっていました。
到着もその分遅れて、15:00着でした。

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JET AIRWAYSとゆうインドの航空会社です。
座席は、エコノミーでもゆったりとしていて、45分のフライトですが、サンドイッチとジュースのサービスもあり、なかなかよかったですが、ドォーンとかなりの衝撃で着陸したので、びっくりしました。
降りるときに、機長に着陸が悪かったと文句を言っている人がいたので、よっぽどだったのだと思います。あんな着陸していたら飛行機にも悪い影響があるんとちゃうやろかと心配します。この航空会社は急成長しているらしいですが、営業範囲が広がって、機長の育成が伴っていないとしたら恐い話しです。

空港に着いたら客引きがおるかなと思っていたのですが、一人もいませんでした。
飛行機もガラガラやったし、客引きも商売にならへんのでしょうね。

空港からはバスがないので、プリペイドタクシーを利用しました。
500Rsです。知らないおっちゃんが、勝手に乗り込んできたのは、さすがインドです。そのおっちゃんは、途中で降りていきました。いつも、ああやってタクシー代を浮かせてるんやろなあ。さすがインドです。
ヴァーラーナスィーの風景は、人が多いのは他の街と同じですが、自転車とサイクルリクシャーが多いのが違っています。デリーでは、車が疾走していましたが、ここでは車はのろのろ運転しか出来ません。



途中、タクシードライバーが、ここのホテルはどうやとゆうてきたけど、もうホテルは予約していると断りました。

道が混んでいるからと、少し手前で降ろされましたが、実際は、かなり手前でした。
タクシーは今回も、ええ加減でした。ちゃんと仕事をしろよ、インド人。

タクシーを降りる前に、兄ちゃんが乗り込んできたのですが、こいつも便乗派かなと思ったら、ホテルまで案内してやるとゆうてきました。

また、裏があるんやろうなと思いましたが、離れたところで降ろしたので分かるとこまでの案内係かと思いついて行きましたが、後になって思えば、タクシーの運転手とグルのようです。携帯でなんか話しとったから、それで乗り込んできたんやと思います。

最初に降りようと思っていたところまで来たので、案内の人にここでもうええよと言ったのですが、宿まで送ってやるし、金はいらないとゆうので宿まで一緒にいきました。
目的のフレンズ・GHに行ったら、シングルはないとの事、次にラクシュミーGHに行ったらここも満員。今は、ハイシーズンで宿が取りにくいです。
歩き方にあんまり、ええことが書いてなかったけど、プージャー・ゲストハウスへ。
道が混んでいるので、ガンガー沿いを歩こうと言われたが、階段だらけで荷物を担いだりして、へとへとになりました。

1泊250Rs。ちょっと高いと思ったけど、もうしんどいしええわと思って決めました。
4泊で1000Rsです。今までの宿の中で一番狭く洗面台も鏡もなく設備としては、最低ですが、熱いお湯が出るのが救いです。ゲストハウスとゆうよりは、アパートみたいな感じです。

送ってくれた彼が、自分の店に買い物に来いとゆうてきたけど、何も欲しい物はないとゆうて断りました。案内してくれたのでチップとして10Rs渡すと少ないとゆうし、やっぱり金やないかい、ええ加減にしてくれ。

これがインドの商売のやり方かもしれんけど、私には合わへんわ。
最初は、甘い顔をして、NO MONEY、NO PROBLEM、AS YOU LIKEとかゆうてくるけど、ちゃんと目的があんねんから、後出しじゃんけんみたいなことをせんとストレートにゆうてきて欲しいです。


カジュラーホー観光part3 [インド]

2009年12月25日(金)晴

今日はクリスマスです。
ヒンデゥー教にとって、
でも、そんなのカンケーねー♪(古~い)と思とったら、
朝から音楽がなっていて、観光客のためかもしれへんけど、
影響はあるんやね。

今日もええ天気で、初日の雨が夢やったんと違うやろかと思えてきます。

ぶらぶらと、南群の寺院を目指して歩いていたら、
また会いましたねとバイクに乗っている青年に声をかけられた。

インド人の顔は、よう分からへんし、覚えていなかったけど、
まあ、成り行きにまかせようと思って、一緒に歩いて南群の寺院を目指しました。

彼は、学校の先生と言っていました。
26歳で独身、8人兄弟で、来年の3月に結婚すると言っていました。

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村の中を通って、家の説明を受けたり、田んぼや畑の中を通って、
慣れた様子で、野菜や草花や木の説明をしながら、歩いていきます。

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最初の寺院は、デゥラーデーオ寺院です。
保存状態はよくないですが、ミトゥナ像があったり、周りが綺麗な芝生で気持ちのいい寺院です。

途中、ほとんど壊れている寺院に寄ったのですが、
写真撮影が禁止です。なんで禁止なんか分かりません。
ちゃんと、管理人が見張っていますから、重要な物が埋まっているのかもしれません。

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最後にチャトゥルプジャ寺院を訪ねました。
修復中なのと、それほど目を引く彫刻もなかったですが、夕日の名所となっています。

その近くに、彼の家があるので行こうと言われ、家族ぐるみの詐欺が頭をよぎりましたが、ええいままよと行きました。お茶をご馳走になり、DVDを見て過ごして、再び散歩へ。
近くの湖を見てから、再び彼の家へ戻って、食事をご馳走になりました。

そこに暮らしている彼女は、ボランティアでカジュラーホーの学校で教えているらしいです。
カジュラーホー村は、カーストの一番下の階級で貧しく、学校は無料なのですが、それでも通えない子供達がいるとゆうような話をして、寄付を頼まれました。
今まで出会った人達の思いを綴ったノートを見せられて、中には1000Rs寄付した人もいました。少し釈然としない気持ちもあったのですが、丁寧にガイドしてくれたので、ガイド代と寄付として100Rs払いました。

彼のバイクを止めたとこまで戻って、そこから寺院のレプリカを見にいかないかとか、踊りを見にいかないかとか、明日の朝、滝を見にいかないかと誘われたが、寝ると言って断りました。別れ際に、ガソリン代を20Rsくれと言われましたが、歩いて周ったんやから、断りました。彼は、ビジネスが嫌いと言いながらそんな話が出てくるところがインド人らしいです。まあ、基本的には悪い人ではないんやろうけど。

ホテルへの帰り道、小腹がすいたので、サモーサーを2つ食べたら、20Rsも取られた。
そばにいた少年が10Rsとゆうてたのに、完全にぼられました。どこで食べても10Rsやったから、値段を確認せずに注文したのが失敗でした。そのサモーサー売りの少年がしてやったりとゆう顔をしていたのが、癪にさわります。


カジュラーホー観光part2 [インド]

2009年12月24日(木)晴

夜行列車の疲れからか12時間くらい寝ていました。
お昼を食べてから、ぼちぼちと歩いて東群の寺院の方へ。

途中から、少年が寄ってきて盛んに話しかけてきて一緒についてきました。
ただ、日本人と話したいだけなのか、後で何かせがむのか分かりませんが、
カジュラーホーでは、話しかけてくる少年が多いです。

今日は、クリスマスイブですが、当然のごとく村は通常通りです。
当たり前といえば当たり前です。
ヒンドゥー教の国で、キリスト教の祭りがあれば異常です。

東群の寺院は、まずジャイナ教の寺院から訪れました。

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シャーンティナータ寺院です。
西群の寺院と違って白い外壁が光に映えて綺麗です。

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パールシュバナータ寺院です。

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彫刻は保存状態はあまりよくなく、西群の寺院のようなミトゥナ像(男女交合像)はありませんが、綺麗な彫刻が残っています。

少年は外で待っていると言っていたのですが、外にでたらいませんでした。
いなくなったら、ちょっぴり淋しいですが、また一人でぶらぶらと歩きます。

村の中を通って、ヒンデゥー教の寺院巡りです。
4つの寺院の内、一つは入場不可、一つは寺院の中で米を干していました。

残り二つは、保存状態はよくありませんが、彫刻が綺麗に残っていました。

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ジャヴァーリー寺院です。

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ヴァーマナ寺院です。

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周りは、のどかな村の風景で、草原が広がっていて水牛が水浴びしていりして、暑かったけど気持ちよかったです。

カジュラーホー観光part1 [インド]

2009年12月23日(水)晴

駅に着いて列車を降りたとたん、ものすごい客引きの群れが、一番安くてオートリクシャー無料のとこへ取り合えずついていこうと思ったら、その客引きがバックを持って走る勢いでオートリクシャーへ。他の宿の人も相乗りして、そのホテルへ。1泊100Rsとゆうとったと思ったら、150Rsとゆうてきて、まあホテルの屋上から西群の寺院が見られるし、周りが静かでええかなと思い、そこに決めました。3泊で450Rs。しかし、リクシャーは無料やとゆうとったのに、リクシャーワーラー(運転手)が100Rsくれとゆうてきたので、客引きに話が違うとゆうたら、しぶしぶ100Rsは客引きが払いました。

観光客に対してホテルの数が多すぎて、こんなことになってるんとちゃうかな。
安く利用できたら旅人としては嬉しいけど、トラブルの元にならへんかと心配します。

宿は、HOTEL CASA DI WILLIAMです。村の中心からは、少しはずれてるけど、
小さな村なので問題ないと思います。


それから、いよいよ観光です。
寝不足でしんどかったので、一番手近な西群の寺院の見学に出かけました。
その前に、インド政府観光局によって無料の地図を貰いました。
簡単な地図であんまり役に立ちそうになかったですけど。

西群の寺院の入場料は、250Rsです。またまた、お釣りがないと言われて50Rsを別途払いました。お釣り問題は、ほんまに困ったもんです。

西群の寺院は、遺跡公園のようになっていて、芝生とブーゲンビリアの花が綺麗です。
ガイドブックを見ながら、のんびりと眺めていきました。
エロチックな彫刻で有名な寺院ですが、過激とは感じませんで(子供も入場可能です)、精巧な彫刻と寺院のデザインが素晴らしいです。
でも、インド人にカジュラーホーに行くとゆうと、ムフフと笑われ、このスケベとゆう目で見られましたが。


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ヴァラーハ寺院です。

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ヴィシュヌ神の化身のひとつのイノシシを本尊としています。

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カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院です。
84の小尖塔が集まってできています。
高さ30.5mで、西群の寺院のなかでは、最も大きい寺院です。

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外壁を埋め尽くす彫刻は、精緻で手の込んだ物です。
ひたすら祈りを込めて彫った姿が目に浮かぶようです。

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ラクシュマナ寺院です。
西群の中では、一番保存状態がいいです。

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4頭象がいてますが、他の象は正面を向いているのに、一番右の象だけ左を向いてます。デバガメ象です。遊び心があって、見ていて楽しいです。


カジュラーホーは、気候はアーグラーと変わらないのですが、
やたらと蝿が多いです。蝿のたかった食べ物もあまり気にせずに食べられるようになってきましたから、多少インド人化してきているかもしれません。


寝台列車 [インド]

2009年12月22日(火)晴

深夜0:25発の寝台列車で、アーグラーからカジュラーホーへ移動です。
アーグラーは治安がいいので、駅まで、ゴロゴロと荷物を引きずって歩いていきました。
鉄道チケットは、宿に頼んで取ってもらいました。ネットでは満席だったので、
旅行会社を通して手配するので、手数料100Rsだと言われました。
ちょっと高いかなと思いましたが、自分で手配する時間が勿体ないのでOKしました。
運賃は、207Rsでした。

駅に着いて、列車のNo.を聞いていなかったので駅の時刻表で、列車No.と到着プラットフォームと発車駅名と到着駅名を確認しました。
プラットフォームで待とうと思ったのですが、どこにもプラットフォームのNo.が出ていなくてインフォメーションで聞いてようやく分かりました。

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プラットホームで列車待ちです。

0:25分発で、カジュラーホー着が7:50分の予定ですが、
その時点で、アーグラー到着が20分遅れになっていました。その後、もう20分遅れになり、さらに20分遅れになり、1時間遅れの表示。結局、1時間15分ほどの遅れで、1:35分にようやく列車が到着しました。インドでは、まだましなくらいの遅れかもしれません。そして1:40分カジュラーホーに向けて出発です。

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列車が、ようやく到着です。

電光掲示板で、コーチNo.も表示されますので、乗車位置は問題なく分かるのですが、
宿の人がコーチNo.56とゆうていたのですが、56ではなくS6でした。
同じ、カジュラーホーに行くバックパッカーに教えてもらって助かりました。

寝台は3段になっていて、私の座席は寝台の1番上だったのですが、
荷物を上に上げるのが一苦労でした。周りは、すでにみんな夢の中です。

寝台列車といってもランクがいろいろあり、今回私が乗ったのは2等エアコンなしの3段寝台で、1番下のクラスです。日本の寝台とは大違いで、寝台とゆうよりは、ただの棚です。カーテンなんてないし、ましてや枕も毛布も何もありません。それでも横になって仮眠が取れるだけでも楽です。

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みんな、蓑虫みたいになって寝ています。

列車の中は寒くて(10℃くらい)そのまま寝よかなと思っていたのですが、こらあかんと思い、寝袋を出して寝ました。こんなに早く寝袋が役に立つなんて。それでも、足が冷たかったです。

1番上段は、寝台を片付けないので、8時半くらいまでゴロゴロしていました。
中段、下段は座席に戻すので6時過ぎには起こされるようです。

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私は、一番上で寝ていました。
2段目、3段目は、朝になると座席になります。

さて、問題は降り方です。
と、ゆうのも何にもアナウンスがないのです。
駅名の表示もほとんどないし、手掛かりは到着予定時刻ですが、途中で遅れを挽回していたら、到着予定時刻も変わってくるやろし。
そろそろかなとゆう駅で、チャーイ売りの人に聞いたら、あと1駅と言われて、ほっと一安心です。


8時間かけて、予定より1時間50分遅れの9時40分、無事にカジュラーホー駅に着きました。


アーグラー観光part2 [インド]

2009年12月21日(月)晴

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ローカルバスに乗ってファテープル・スィークリーに行きました。
今日のバスは、おんぼろバスで今にも壊れるんちゃうかと思うくらいガタガタして、
ごうごうと騒音と排気ガスを撒き散らしながら走って行きました。

アーグラーから1時間10分くらいでファテープル・スィークリーに到着です。


先ずは、南側にあるモスク地区から見学です。

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ブランド門です。
急な階段を登ると立派な門がでんと建っています。高さ54m。赤砂岩に白大理石の象嵌を施したムガル建築の最高傑作とされています。
物売りが、アリババと言って群がってきますが、
インドで、アリババがはやってるんやろか。

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靴を脱いで中に入ると、預言者シェーク・サリーム・チシュティーの廟が、日を受けて白く輝いていました。廟の中に入るのに、頭にカゴをかぶらないといけないのですが、無料で貸してくれました。
モスク全体の見学は無料です。

次は、ファテープル・スィークリーの宮廷地区です。
こちらは、入場料250Rs+ADA10Rsです。

ファテープル・スィークリーは、アクバル帝の城址です。
世継ぎに恵まれなかったアクバルは、ここに住む聖者シェーク・サリーム・チシュティーの予言によって男児(後の第4代皇帝ジャハーンギール)を得ました。
これに因んでアクバルは、1571年に首都をこの地に移転させました。
3km×1.5kmの広大な土地を城壁で囲み、その中央の丘に宮廷やモスクを赤砂岩で築きましたが、水不足のため、わずか14年で立ち去らなければなりませんでした。
建物は、アクバルの理念であるヒンドゥーとイスラームの文化的融合を示しています。

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柱が五層に積み上げられたパンチ・マハル(五層閣)です。

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ディーワーネ・カース(貴賓謁見の間)の円柱の柱です。
石ですけど、木組みを思わせるのが興味深かったです。

2時間ほど、ぶらぶらと見学してから再び、ガタゴトとバスでアーグラーに戻りました。


アーグラー観光part1 [インド]

2009年12月20日(日)晴

宿から、ぶらぶらと1時間あまり歩いて、ようやくタージ・マハルに着きました。
日曜日なので、ある程度の人出は予想していたのですが、それほどでもなかったです。

タージ入場料は外国人料金で、250Rs+500Rs(ADA・インド考古学局に払うお金)、べらぼうに高いです。因みにインド人は、10Rs+10Rsです。
チケット売場の横で、ミネラルウォーター500mlと靴カバーを配っていた(無料)ので貰って入場の列に並びました。
ボディチェックは、かなり入念でした。チタンネックレスもこねくり回して見ていました。スケッチ禁止の為、紙類は持ち込み禁止。新聞紙は取り上げられていました。
火災防止の為、たばこ・ライター類は持ち込み禁止。
また、テロ防止の為、電子機器類は持ち込み禁止です。
デジタルカメラ、携帯電話はOKです。

インド観光で一番の楽しみにしていたタージ・マハルとのご対面です。

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正門の間から眩いばかりの白い建物が。
実に美しく、素晴らしいです。
神々しいまでの美しさに身震いするほどです。

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これが、ひとりの女が「私の為に世界一美しいお墓を作って。」と言われ、
言われた男も「よし、分かったよ。」と言って作ったものだとは、思えない建物です。

時の皇帝シャー・ジャハーンが熱愛した妃ムムターズ・マハルが1631年に死去。
その死を悲しんだシャー・ジャハーンが、ムガル帝国の国力を傾けて(実際、国力が傾いてしまった)建設し、その愛を実現しようとした。
22年の歳月と天文学的な費用をかけて1653年に完成した。
基壇の大きさは95m四方、本体は57m四方で、高さ67m、
四隅のミナレット(塔)は高さ43m。

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どこから見ても飽きなくて、美しいタージ・マハル。
2時間ほど、ぶらぶらとしていました。


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そこから歩いて、30分くらいでアーグラー城に着きました。
入場料250Rs。ADAはタージ入場券があれば無料(同日入場のみ、
無ければ50Rs)です。
なかなか迫力のある城です。



広い構内に、宮殿やディーワーネ・アームやディーワーネ・カースなどが。
シャー・ジャハーンが息子に幽閉されたムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)もありました。この城からは、タージが遠く眺められ、ヤムナー河の眺めと相まって綺麗です。
でも、シャー・ジャハーンにとっては、悲しい眺めだったかもしれません。

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ジャハーンギール宮殿

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ムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)

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